第11話 若き魔術講師の授業(座学編)

 さて、いつもは校門を通って左に曲がるわけだが今日は右に折れる。


 しばらく前から気になり始めた視線だったが今はもう気になるどころではない兎に角見られている。


 追い越す人、追い越される人、すれ違う人兎に角見てくる。別に気にするほどでもないが嫌にはなってくる。


 ここまで見られるとは幼女を連れて登校する生徒が物珍しいのか、それともティルフィングに目を奪われるのか。体感では半々と言ったところか。


 「~♪」


 ティルフィングは変わらずご機嫌で繋いだ手をぶんぶんと振っている。


 (……早く教室に)


 双魔はさらに足を速めた。声を掛けてくる奴が出てきたら面倒なんてものじゃない。


 そんなことを考えながら授業をする教室を目指す。今日のクラスは魔術科棟の三階にある。一瞬手を放そうかと試み握った手を緩めるがティルフィングが強く握り返してくるので離せない。


 (……ここまで来たら往生際が悪いか)


 完全に諦める。


 魔術科棟に入ると感じる視線は多少少なくなったが女子生徒がこちらを見てひそひそと話している場面に多く出くわした。状況は把握できるがその理由は双魔には分からなかった。


 階段を上っている途中で予鈴が鳴り終わり教室に到着すると時刻は授業開始の一分前だった。


 教室の引き戸を開けると外からでもうるさいと感じるほど騒がしかった教室が水を打ったように静まり返り生徒たちの視線が一気に双魔とティルフィングに集まる。


 「…………」

 「?」


 すでに疲れ切った双魔ときょとんとしたティルフィングの顔が対照的だ。


 引き戸を締めて教卓の前へと向かう。が、立ち止まる双魔。


 (このまま授業するわけにはいかないよな……)


 双魔の左手はいまだにティルフィングがしっかりと握っている。


 教室を見回すと丁度教卓の傍の席が空いている。


 「ティルフィング、今から授業をしなくちゃならないから一旦手を放してそこの席に座っててくれ」

 「いやだぞ」


 即答だ。しかも真顔で。


 「一時間ぐらいだから、な?」

 「このまま授業とやらをすればいいではないか」

 「いや、そういうわけにもいかないんだが」

 「我には離す理由がない」


 沼に杭を打っているようだ。このままでは埒が明かない。始業の鐘もこうしているうちになり終わってしまった。


 「分かった、じゃあ後で何か甘いものでも食べさせてやるからそれで勘弁してくれ」

 「む……分かった」


 ティルフィングは渋々と言った風に手を離す。


 「大人しく座っててくれよ?」

 「うむ、分かった」


 どうやらこの遺物さまは食べ物で懐柔できるらしい。


 (次から困ったらこの手だな)


 少しずつ契約遺物の扱い方を覚える双魔であった。


 少々駄々をこねられた形になったが大人しく席に座ってくれたので気を取り直して教壇に上がる。


 魔術科は遺物科と違い制服はなく、指定されたローブぼ下は皆私服だ。遺物科が白一色なのに比べて黒のローブの下から覗いている様々な色が教壇に立つ者にしてみれば目に優しい。前から後ろへと視線流す。空席はほとんどないようだ。


 生徒たち、とりわけ女子生徒たちがそわそわとしているのが気になるがとりあえず出席の確認を取ることにする。


 双魔は教室内を見回してとある生徒を探す。


 いた。教室の中段の真ん中、丁度教室の中心に座っている。


 凛とした雰囲気を醸し出す少女。指定されたシャツとスカートをきちんと着こなし背筋はしゃんと伸びている。端正な顔つきに意思の強さを感じさせる濃紺の瞳。長く伸ばした紫黒色の髪を白のシュシュでサイドテールにしている。


 「ん、発見。ガビロール、欠席者はいるか?」

 「…………はあ」


 ガビロール、そう呼ばれた少女は暫しの沈黙のあとため息を一つ漏らした。


 「今日欠席なのはジャネット=グレイス、ヒューイ=オライオン、それとカール=ウィンチェスターの三人です」

 「ん、ありがとさん」


 双魔は礼を言って三人の名前をメモする。


 「先生、来る度に私に確認しないで自分で出席を取ってください!」


 元々鋭い目つきなのをさらに鋭くしながら少女は抗議する。


 「別にいいじゃないか。面倒なことはなるべく省いた方がいいし、お前に聞けば正確だ。な?人形姫」

 「……知りません」


 素っ気なく返したが目つきは普段通りに戻っている。


 イサベル=イブン=ガビロール。ブリタニア王立魔導学園高等部魔術科二年。序列三位。「万物の人形姫」の異名をとる。ゴーレム使役術の大家ガビロール家の次期当主であり将来を有望視される学園内でも折り紙付きの実力を誇る。


 魔術科評議会会計。その黒撫子を思わせる凛々しさと可憐さを持ち合わせた風貌と厳しくも面倒見のいい性格から男女問わず人気の高い生徒だ。双魔とは中等部からの付き合いである。


 「さて、それじゃ、ぼちぼち授業を始めるか」


 教卓の中からチョークを取り出して摘まむ。


 「内容はケルナー先生から自由にしていいと任されてるからな……何にするかな」


 親指でこめかみをグリグリしながら考える。内容はすぐに思いついた。


 「ん、決めた。今日は固有魔術と魔法についての話をしよう」


 黒板に題をさらっと書く。


 「さて、魔術科に進学したということはすでに諸君は“教養魔術”、“基礎魔術”、“応用魔術”。この三つはある程度修めているはずだ。というわけで……ん、そこの茶髪男子、それぞれについて説明してくれ」


 双魔は教室中段の右端に座っている生徒を指した。


 「はい」


 返事をして立ち上がった生徒が質問に答えていく。


 「教養魔術は自身の魔力のコントロール、簡易的な治癒魔術、それと自分と同じ属性を持つ自然物などとの同調。魔術師としての基礎の基礎となるものです」


 内容の正否をうかがうようにこちらを見る生徒に双魔は軽く頷いて次の説明をするように促す。


 「次に基礎魔術ですが、これはその名の通り多くの魔術の基礎となるものです。様々な神話体系や地域に共通する術式を“叡智”たちが一括して編み上げたもので四大元素、光、闇、音などの属性に分類されます」


 再びこちらを見てくる生徒にもう一度頷いて続きを促す。


 「最後に応用魔術ですが、これは基礎魔術に威力の調節や他属性との融合を加えるもので一般的に言われる“魔術”とは主にこれを指します。一般的な魔術師は応用魔術を磨くことによって高みを目指します」

 「ん、お疲れさん」


 双魔にそう言われて男子生徒はホッと一息ついて座った。


 「今説明してくれたように教養、基礎、応用。この三つは魔術師の常識だ。この三つがしっかりしていないと学園の卒業すら危うい」


 何人かの生徒が露骨に目を逸らしたり、顔を青くしている。恐らく成績があまりよろしくないのだろう。


 「さて、基礎と応用は演習の時間に少しやるとして今は“固有魔術”と“魔法”についてだ」


 黒板に書かれた題の横に図を描いていく。


 「まずは“固有魔術”からだ。これはまあ、書いて字の通り。ある血族や個人が有している特殊な魔術だ。基礎魔術とは根底から異なる。基礎魔術は神々の定めた世界の法則上で行使されるが固有魔術は世界の法則から少し外れることで成立する。さて、ここで重要になってくるのが“世界の法則”だが………ガビロール」

 「はい」


 凛とした声が教室内に響かせイサベルはサッと素早く立ち上がる。


 生徒たちの視線が教室の中心に集まる。


 「“世界の法則”とは各神話の神々が定めたこの世界の全て、森羅万象を司る不文律のことを指します。我々魔術師が言う“世界の法則”とは基礎魔術における四大元素、光、闇などの範囲の事象を指し、この“世界の法則”を明文化、詠唱することによって魔術が行使されます。多くの事象が魔術において行使される中でも決して人類がたどり着けないとされる領域が存在し、それらは魔術師が唱える“世界の法則”の領域外の法則とされています。それが先生が先ほどおっしゃった世界の法則から少し外れるという言葉の一端を指します」


 教室内の生徒たちの中に一人としてイサベルに意識を注いでいないものはいない。


 (ん、やっぱり、たいしたもんだな)


 流石は評議会の一員と言ったところかカリスマ性に優れている。説明も簡潔で要所をしっかりと抑えているので非常に分かりやすい。


 ただ一人、ティルフィングだけは双魔の顔をじーっと見つめている。講義内容に興味がないのか、はたまた双魔以外に意識を向けていないのか。イサベルの説明に耳を傾けながらそんなことを考えたが余計なことを考えているのがバレると人形姫から苦情が入るのですぐに意識を彼女の方に戻す。


 「人類の到達不可能の領域とは主に時間、空間、重力、生命、因果などを指します。これは人の身では操ることの出来ない神の領域。真理、根源に至る道程です。以上」


 イサベルが口を閉じ静かに着席するとワーッと喝采が起こり多くの生徒が立ち上がって拍手を送る。スタンディングオベーション、まさに西洋と言った様だ。一瞬目が合ったが伏し目がちに逸らされた。


 イサベルの隣に座っている東洋人の女子生徒はスタンディングオベーションには参加せずに口元を手で隠して可笑しそうに笑っている。彼女もこの騒ぎを止める気はないようだ。


 「あー、静粛に」


 一言言って収束を試みた双魔だった石に針、暖簾に腕押しといったように全く静かにならない。


 それを見てイサベルは増々申し訳なさげになり、隣の女子生徒はクスクスと笑っている。


 「はあ……」


 双魔はため息を一つつくとこめかみをグリグリしながら左手を前に翳す。そして


 「風よ薙げ」


 一節の呪文を詠唱する。すると生徒たちに向かって一陣の風が吹いた。風とは言ってもやや弱い突風といったところだ。風を受けた生徒たちの髪は乱れ、机の上に置かれていたノートや筆記用具は吹き飛んだ。生徒たちは茫然といった様子で教室内は静まり返った。


 「ん、静かになったな。立っている奴らは座るように。授業を続けるぞ」


 立ち上がって拍手をしていた生徒たちは皆一様に顔を我に返ったのか髪や服の乱れを直しながら着席した。


 「ガビロール、満点だ。ありがとさん」


 双魔にそう言われてイサベルの眉が微かに動いた。それを見て隣の女子生徒がまた可笑しそうにクスクスと笑った。 全員が座ったのを確認してから双魔は講義を再開する。


 「今のガビロールの説明で“世界の法則”について確認できたところで本題に戻るぞ。さっき固有魔術は少し外れることで成立する。例えばガビロール家のゴーレムの秘術だ。これは“生命”に関わる固有魔術だ。ゴーレムの使役ってのは要は神々の模倣だ。“生命”を生み出した神々の奇跡を人の身で起こそうとガビロール家の太祖ソロモン=イブン=ガビロールが生み出した魔術だ。これは血統に拠る魔術の代表で、その一族に連なる者しか行使できない」


 説明を一旦区切り黒板に要点を書いていく。ついでにティルフィングの様子を確認すると相変わらず双魔のことを見つめていた。


 (何を考えてるのか……さっぱりだな)


 双魔の面識のある遺物たちは良かれ悪かれ自己主張の強い者が多かったがティルフィングは中々掴みにくいように感じられる。どのような遺物なのかもよく分からない。学園長の話から剣の遺物であること、

それとまだ数日の付き合いだが素直なことと食事が好きなことしか分かっていない。


 そんなことを考えながら書いていたので途中から板書が斜めになってしまっていたが気にしないことにした。


 「今、黒板に書いたように個人が有する固有魔術については今後血統に拠る固有魔術に変ずるものが多い。まあ、一つの魔術を生み出したらその研鑽を子孫に託すのが魔術師の性だからな。固有魔術ってのは

ふとした切っ掛けで生まれることも多いらしいから諸君にもそういう機会が訪れるかもしれんな。さて、ここまでで質問のある奴はいるか?」


 そういうと教室の後方に座っている女子生徒が手を挙げる。


 「ん、そこの女子」


 「はい。固有魔術の成立の過程は分かったんですけど、どうして折角生み出した魔術を公表するんですか?隠しておいた方がいいんじゃないですか?」


 女子生徒の質問を聞いて「確かに」「その通りだ」と納得する生徒が何人かいるようだ。


 「まあ、確かに今言っててくれたようにもし秘術を編み出したら秘匿して他者より優位に立ちたいと思うのは当然かもしれんが……世の中そんなに単純じゃない……なぜ公表するのか理由はな、これだ」


 そう言って双魔はポケットから一枚の硬貨を取り出す。


「見てわかる通り“金”だ。そう、いくら魔術の徒とはいえ人類の生み出した貨幣制度には勝てないってことだ。諸君も知っての通り研究という行為には金がかかる。魔術も例に漏れずだ。固有魔術なんて特殊なものには猶更だ。一族、一門だけでやってたらすぐに蔵がすっからかんだ」


 双魔の言葉を聞いて苦虫を噛み潰したような顔をする生徒が何人かいる。


 「そこでだ、魔術協会に固有魔術を申請する。申請が受理されて認定されれば利権は全部申請した奴のもの。出資者を募ったりなんか出来るってわけだ。これで質問の答えになったか?」

 「はい、ありがとうございました!」

 「さて、固有魔術の説明はこれで終わるとして次は“魔法”についてだが」


 そう言いかけたところで授業の終わりを告げる鐘が鳴り始めた。


 「ん、もう終わりか。じゃ、きりもいいし今日はここまで。魔法についてはまた今度機会があったらするか。次の時間は闘技場だから遅れないようにしろよー。ってことで解散」


 そう言うと生徒たちはぞろぞろと教室を出ていった。


 それを見ながら一息ついているとローブがちょいちょいっと引っ張られた。


 「終わったのか?」


 下を向くとティルフィングがこちらを見上げていた。


 「ん、この時間はこれで終わりだ。次の時間もあるから甘いものはもう少し待ってくれ」


 頭をくしゃくしゃなでるとティルフィングはくすぐったそうにしながら「うむ」と頷いた。そしてまた

手を握ったきたので双魔はこめかみをグリグリしながら、手を繋いで闘技場に向かうのだった。

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