第二章「若き魔術講師」
第8話 来客の予兆
大日本皇国、東京、霞ヶ関。時刻は丑三つ時、街は昼間の喧騒が嘘のように静まり返っているが日々国政に身を砕く官僚たちは働いているのか各省庁のビルには灯がともっている。
その中に赤レンガ造りのビルの森にはそぐわないとも思えるレトロな建物が建っている。“霞ヶ関の女王”と称される旧法務省である。
近年、法務省は隣に新しく建てられたビルに引っ越しをしたはずなのだが何故かこの時間に明かりがついている。理由は簡単で引っ越しをせずにそのまま残った部署があるからだ。
大日本皇国法務省公安調査庁対魔導課。通称“対魔課”旧法務省に残った部署の名である。ここでは魔導犯罪やテロを未然に防ぐべく国家資格を有する魔術師や陰陽師たちが日夜働いている。
「この前のテロの情報についてはどうなってる!」
「ロシアのIMF参加で諜報組織の活動に変化は!」
「中国の過激派窃盗団が密入国だ!?入管はなにしてんだ!」
夜にも関わらず実に騒がしい。そんな中、座り心地の悪そうなオフィスチェアに背を預けマグカップに淹れた緑茶を啜る若い男がいる。机上札には「次席」の文字。
「次席、この案件についてですが……」
「ああ、そのまま進めて構いません」
「次席、祈年祭の警護の際の陰陽寮との打ち合わせのアポが来ています」
「分かりました。対応しておきます」
「こちらの案件についてなのですが……」
部下が引っ切り無しにやってくる。緑茶が冷めないうちに昨日までにすべての仕事を片付けて綺麗にしたはずのデスクに書類の山ができる。
(そろそろ休暇が欲しいな……)
男はそんなことを考える。現実逃避だ。年末年始は宮中の儀式も多くなるため繁忙期だ。直近一か月は自宅に帰れていない。
(まあ、そんなこと考えても仕事は減らないし……)
マグカップを置いて仕事を再開しようとしたその時だった。
「次席!次席!大変です!」
一人の部下が部屋に駆け込んできた。あまりの慌てように一瞬で場が静かになる。
「どうしました?」
彼は確か欧州方面の担当者だったはずだ。相手を落ち着かせるためにも冷静に用件を聞いた。部下が耳元に口を寄せてくる。
「今、ブリタニアから我が国の留学生が新たに神話級遺物と契約したとの情報が……」
「何ですって?」
そのような大事があればどこかしらから事前に通達があってもいいはずだがその知らせはまさに青天の霹靂だった。
「詳細は?」
「詳しい情報は……まだ入ってきていません」
「そうですか……」
この情報は実に厄介だ、事態がどう変化するか予想がつかない上に現地の職員にも荷が重い。判断は一瞬だった。立ち上がると背もたれに掛けていたジャケットを羽織りコート掛けから帽子とコートを手に取った。
「申し訳ありませんが今から数日空けます!火急の案件は僕に連絡してください。此方から指示します。その他の案件は各自で判断して動いてください。責任は僕が取ります。では」
そう言い残して素早く外に出る。
「タクシー……いや、自分の足の方が速いな」
足に魔力を集中させる。
「オン・イダテイタ・モコテイタ・ソワカ」
一言何やら唱えると、常人とは思えない脚力で飛び上がる。
男の影は空港方面に向かって風を切り裂きながら都会の闇に消えていった。
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