第7話 運命は突然に
美しい。そんな陳腐な感想しか出てこなかった。眼に映ったのは一人の少女。小柄でスレンダーな肢体。夜闇を織ったような純黒の髪は床につきそうなほど長い。
顔は陶人形のように整っていて人間とは思えない。そしてその瞳。真紅の瞳。紅玉の如き瞳。双魔の心はその瞳に奪い去られた。右眼は髪で隠れていて見えないがその隠れた右眼に何かを感じたような気がした。
「とりあえず座ったらどうじゃ?」
学園長の声で我に返った。無意識のうちに立っていたようだ。それほどまでの衝撃を少女は双魔に与えたのだ。
学園長の言葉に従って双魔はソファーに座りなおした。少女は不思議そうにこちらを見つめている。
「こちらに来なさい」
学園長に呼ばれると少女はトテトテと歩いてこちらにやってくる。
「彼はどうじゃ?ん?」
学園長がそう言うと少女が双魔のそばまでやってくる。そして双魔を見定めるかのように見まわしはじめる。ぐるぐるぐるぐると双魔の周りを回る。
しばらくそうしてから今度は膝に乗って双魔の髪の毛を草むらで何かを探すかのようにクシャクシャにする。
それには満足したのか双魔の顔をペタペタと触りはじめた。何が何だかわからないが好きなようにさせてやれと学園長が目で語っているので双魔は少女になされるがままになっている。
それからしばらく顔を触られ続けた。どれくらい時が経ったか分からない。兎に角長く感じる。
学園長室に来た時にはまだ空の上の方にいたはずの太陽もいつの間にか地に落ちてきてガラス張りの窓からは斜陽が差し込み部屋が黄昏に染め上げられる。
ボーっとし始めた時だった。膝の上の少女が両手で双魔の頬を挟み込んで双魔の目を覗き込んだ。双魔の青い瞳には少女の赤い瞳が、少女の赤い瞳には双魔の青い瞳が映る。
見つめ合うこと数瞬。少女は口を開く。
「お主……名は?」
澄んだ声が鈴の音のように響き渡った。
「……伏見……双魔」
「そうま……そーま…………うむ、ソーマだな。気に入った!」
今まで静かで無表情だった少女がにぱっと顔を綻ばせ明るい声を察したので双魔は呆気にとられる。
「は?気に入ったって……んむっ!?」
そしてその一瞬の隙を突かれて少女に唇を奪われた。唇と唇が触れるだけの軽いキス。にも関わらず触れた瞬間に双魔の身体に変化が起きる。
(!?!?)
触れ合っている唇から何かが流れ込んでくる。少女の魔力、冷たい魔力の奔流が身体に押し寄せる身体に何かが新しく書き込まれるような感覚が駆け巡る。
しかし嫌な感覚ではない。拒否感はないし反応もない。冷たい魔力だが凍てつかせるものではなく微熱をゆっくりと冷ますような優しい冷たさ。魔力は流れ続け二人の身体は紅い光に包まれる。
やがて光は双魔の右手に収束して霧散した。右手の甲には雪の結晶のような紅い紋様が刻まれている。”聖呪印”、遺物と契約している証だ。
少女の顔がゆっくりと離れていく。眼を白黒させる双魔を見て少女はもう一度にぱっと笑った。
「我が名はティルフィング!ソーマ、今日より其方は我が契約者だ!よろしく頼むぞ!」
伏見双魔、十七歳。運命は静かに、激しく、大胆に動き始めた。
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