雪降る七芒星の『鍵』
篠岡遼佳
雪降る七芒星の『鍵』
ごうっ、と音を立てて、凍る風が頭頂の狼耳を揺らした。
空は濃く分厚いグレーの雪雲。
1300万のこの都市に、今日は大雪が降る。
エスターは、一人、高層ビルの屋上から、スクランブル交差点を見下ろしていた。
降りしきる雪と、吹き上がる風にもまれて、制服のウインドブレーカーが音を立てる。
その背中のマークは、七芒星。
政府に属する『鍵』である証だ。
――世界の崩壊が始まったのは、少なくとも見える形で始まったのは、ここ100年と言われている。
様々な何かに支えられていた世界は、誰かの手によりバランスを失い、『闇』を創るようになった。
それは、ただの闇ではない。存在や物質を、無へと崩壊させる闇だ。
無へと「開いて」いく世界を、まさに世界全域において「閉じて」いくのが、彼ら、『鍵』である。
闇が増すことによって、世界は様々な変貌を遂げた。
怪異現象が日常的に起こり、生き物に仇なす異形が現れ、人々は助けを願った。
そして現れたのが、おとぎ話の中でしか見ないようなものたちだった。
飛竜を操り相手を屠るもの、魔法を使い怪我を癒やすもの。人間とよく似た姿の、しかし人間ではないものたち。
エスターは、そのようにやってきた人狼である。
ただし、多くのものがそうであるように、敵を追ってきたら、このビル群が建ち並ぶ都市に来てしまっていた、というのが実情だ。
敵を倒すと次元の扉はロックされてしまった。扉を開く力を持つものもいるにはいるが、「どの世界に通ずるかわからない」という。なんと異世界というものは無数にあるそうだ。運がよくなければ自分の世界には帰れない。
人狼といっても、エスターの世界には別に月を見て変化するような伝承は存在しなかった。月は7つあったが。
人間の姿に、頭頂に獣の耳を生やし、そして尻尾をつければエスターのいた世界の標準的な姿になる。
エスターたちは『鍵』として戦う代わりに、衣食住に加え金銭の提供を受けている。
というか、そうでもしなければ、混迷を極める世界で、『鍵』を集わせ世界を助けてもらうことはできなかっただろう。
「――エスター。エスター=ヴァロワキエ」
「なんだ、ユラハ。もう時間か」
エスターは琥珀の瞳を瞬いて、声のかかった方を向く。
そこには、同じようにツナギの上にウインドブレーカーを着た、華奢で長い耳を持つ少女がいた。服はサイズが合っていないようで、手も足も裾を何回か折り返している。長い金髪が、ビル風でくしゃくしゃだ。
「時間はまだまだだ。だが、そこにいると風邪を引く、と言えと言われた」
「だれから?」
「小日向次長」
「……それでおまえを寄越すってのもな……」
エスターは銀髪をかきながら、自らに積もった雪を払い、ユラハに近づいた。
頭一つ半は離れた小さな頭に手を置き、
「おまえは今日が初めてか」
「緊張しているか、といろいろな人に言われた」
「で、実際は?」
「貴方の言葉を借りれば――『わくわくする』」
「本当のところは?」
「どうだろうか。自分はあまり感情というものを使わずにここまで来た」
軽く肩をすくめ、
「だから、どうということはない。このように、身体言語も豊富に使える」
「秘蔵っ子は違うねぇ」
「それは何度も否定している。自分は秘蔵ではない。むしろ前線に出ていなかったのがおかしいのだ」
二人で屋上の扉を開き、室内で互いに雪を払う。
エスターがユラハの額をちょんとつつき、
「おまえは稀なケースだからな。大事にされてるのは悪いことじゃないだろう」
「悪くはないが、良いだけでもない。だから、今日は頑張りたい」
言って、両手を握って、胸の前でポーズを取る。
無表情でなければ、かわいらしいと言えなくもないのだが。
「ま、そうだな。おまえはおまえで頑張れ。そろそろ準備だろ」
「エスターも準備だ。一緒に行くからだ」
「了解了解」
「返事は一回でいいそうだ」
「りょーかい」
二人はエレベーターに乗り込み、下階を目指す。
ここ50年で急速に発展した予測担当の者たちによれば、今日はこの、人にあふれた街で『闇』が創られるという。
実戦担当のエスターとユラハは、出撃準備まで体力を温存し、そして持ち場へと散っていく。
――今日は仲間が増えるのか、それとも仇なすものがやってくるのか。
エスターが、ふぅ、と軽い緊張の中息を吐くと、それは白く立ち上り、グレーの空へと消えていった。
『闇』を創るようになった世界との戦いは、はじまったばかりだ。
雪降る七芒星の『鍵』 篠岡遼佳 @haruyoshi_shinooka
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