聖夜の最終幕

ラスト・ステージの幕開け

 十二月二十五日。聖夜。

 舞台の暗闇に包まれ、しんと静まり返った観客は、今か今かとその時を待ちわびていた。


 今宵のおよそ三千枚のチケットは、即完売だったそうだ。今日のような『BLUE WINGS』のワンマンライブは実はそれほど多い方でもなく、他のユニットと組んでライブを行う方が回数としても多い。特に十二月になってからは二人のうちの一人、未来が離脱してしまったことも少なからず影響している。本来は『BLUE WINGS』単独で舞台に上がるはずだったライブも、春日瑠海の負担を考慮して、急遽他のユニットがサポートで入ることも増えてきていた。もちろん『White Magicians』もその例外ではない。ただし、茜と瑠美が同時にステージに立つとおよそ険悪ムードが漂っていて、常に白熱したMCバトルが繰り広げられていたりする。もはや水と油なのだから、『BLUE WINGS』と『White Magicians』を一緒にするのは避けたほうがいいと思うのだけど、事務所社長である文香さんはそれを多少面白がっているようだ。


 今晩はその心配はない……はずの、『BLUE WINGS』ワンマンライブだ。


「真奈海先輩、本当に大丈夫ですかね〜?」

「…………」


 まぁこうして今も僕のすぐ隣で、茜は心配そうに開演前の静けさを見守ってるわけだけど。


「どうしたんですか優一先輩? そんな気まずそうな顔しちゃって」

「僕が一番不安なのは、このワンマンライブにも茜がこうしてここにいることなんだけどな」

「そんなこと言ったって〜、あたしを今日ここに呼んだのは優一先輩じゃないですか〜?」

「…………」


 にこっとしながら僕にそう返す茜なのだが、実際茜の言うとおりなのだから返す言葉もない。ただ他に頼める人がいなかったわけだし、もはや仕方ないではないか。


「……大丈夫だ。今日もきっと大丈夫」

「その不安を煽るセリフ残すの、ほぼ確実にフラグが立つのでやめてもらえませんか?」


 一体誰のせいで不安になってると思ってるんだ? とはいえ、不安を隠しきれていないのは茜も同じのようで、まだ誰もいない舞台の光景をその円な瞳でじっと見つめている。あと数秒後に始まる華やかなステージを、茜はひとりでイメージしているようだった。どのようなステージになるのか、せめて『BLUE WINGS』の今年最後の花道となるよう、茜なりに願っているのかもしれない。


「大丈夫だよ。今の真奈海なら。絶対に……」


 僕はもう一度、そう呟いた。その声は茜にもはっきり聴こえたらしく、小さくくすっと笑っている。なんだかんだ言って、茜にとっても憧れの存在、春日瑠海。だからこそ、本来の春日瑠海を取り戻してほしいって、茜は誰よりもそう願ってやまないのだろう。


 昨日、真奈海は確かに誓ったんだ。


『ダメだよユーイチ。わたしはアイドルだもん』


 真奈海はこれまで僕にすら見せたことのなかった涙を必死に拭いながら、そう言っていた。いつもの、僕の前で見せる真奈海の顔は弱音ばかりな気もするけど、昨日はそんな自分を否定するように自分を鼓舞していた。愚痴とか泣き言とか全部ひっくるめて、それでもやっぱりって――

 真奈海は一人で戦うことを、僕に宣言してきたんだ。


「あの〜……優一先輩? やっぱし昨日真奈海先輩とも何かありましたよね?」


 疑いの眼差しで、茜は僕の顔色を覗いてきた。だけど僕は何も答えない。別に無視しているわけではなく、挑発に乗らないようにしているわけでもない。ただ茜とも向き合っているだけ。

 茜だったら僕の顔色から何かがあったことくらいはわかるだろって。


 茜は諦めてもう一度ステージの方へと視線を向けた。

 その瞬間、糸佳が用意した歯切れの良いクリスマスミュージックが流れ始める。同時に、オープニングを彩るランプが次々と点滅し始めたんだ。満員となった観客の鼓動の数々が、僕の胸にも伝わってくる。


 その音の速さが最高潮に達した瞬間、春日瑠海がステージの上に姿を現した。

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