そして、迎えた朝
「あたし、やっぱり真奈海に負けるつもりはないからね!」
「って美歌? さっきまでなんか落ち込んでたくせに急に宣戦布告〜!?」
一昨日の晩、真奈海と管理人さんと一緒に宿をこっそり抜け出したのだって、実はあたしは知ってる。だってあたしは見ちゃったんだもん。あたしは京都に来てからずっと、管理人さんのことを目で追いかけてしまっているから。管理人さんは糸佳ちゃんにチロルハイムを出ていくと言われてからずっと落ち込んでて、そんな彼を励まそうとしたのも真奈海だったよね。
そんなあたしは、二人をただ見ていることしかできなかった。管理人さんに一声かけるべきだったのかもしれない。いつもあたしを励ましてくれる管理人さんに、今度はあたしから励ましてあげようって、そうするべきだったんだと思う。でも、あたしにはできなかった。その時のあたしには、まだ勇気がなかったからだ。
……何の勇気? そんなことのどこに勇気が必要だというのだろう。正直馬鹿げた話かもしれない。だけどあたしにはそんな簡単な問題すら解けないくらい、何かが足りなかったのだと思う。
――そうなんだ。何か、大切なものがあたしには欠落しているんだ。
「うん。もちろんわたしも負けたくないもん。美歌だけには絶対に!」
「ってそんなこと真奈海に言われたら、あたし勝てるわけないじゃん!!」
「つい数秒前わたしに宣戦布告してきたくせにもう弱気とか、それってどうなのよ〜?」
「ぅ…………」
真奈海も真奈海ならあたしもあたしだ。本当に何言ってるのか、自分でも全然わからない。
そんなあたしを、真奈海は笑いながら歓迎しているようだった。
「でもわたしも、美歌には感謝しきれないくらいなんだよ〜」
「え……?」
そして、真奈海はもう一度励ましてくれる。ありったけの笑みと一緒に。
「多分『BLUE WINGS』のもう一人は、美歌じゃないと成り立たなかった」
「そんなこと……」
「いつも真っ直ぐで、一生懸命で」
「いやだからあたしにはそれしか取り柄がないし……」
またあたしは弱気になってる。そんなことでは誰も救えない。誰も幸せにできない。
真奈海も、糸佳ちゃんも、そして管理人さんも。
大切な人が、あたしの前から逃げていってしまう。
「だからわたしは改めて『負けたくない』って思えたんだから」
「そんなのあたしもおんなじだよ!!」
そんなあたしをごまかして強く励まそうと、怒鳴り声で返してしまっていた。
朝早くから近所迷惑でごめんなさい……。
「あたしだって一生懸命でいられたのは、真奈海がいたからだもん。真奈海、何に対しても手加減を知らなくて、それに対してあたしは何してるんだろってね」
「美歌…………」
真奈海とあたしは、夏から……ううん、出逢った時からずっと支え合ってきた。
こんな真奈海に出逢えて、あたしは嬉しくて仕方ないんだ。
「だからさ、いつまでもずっと、最高の友達でいてね!」
真奈海は恋のライバルだ。
もう迷うのはやめた。こんなことでくよくよしても仕方ない。
だけどそれと同時に、あたしに生きる勇気をくれた人でもある。
そんな真奈海に、あたしは感謝の気持ちでいっぱいなんだよ?
「うん。わかった」
真奈海も笑顔であたしに答えてくれる。
間もなく昇ってきた陽の光を背中に浴びながら、ほんの少しだけ真奈海がたくましく思えたんだ。真奈海がいてくれるから今のあたしでいられる。そんな風に思えてくる。
そして、今のあたしというのは、前よりも少しだけ強くなった自分。正直な自分。向かい合うべき朝日を前にして、一歩でも前に進もうとする、そんな自分のこと。
あたしはやっぱり、管理人さんのことが好きだ。
真奈海や糸佳ちゃんの気持ち、それらも全部ひっくるめて。
あたしは管理人さんのことが大好きなんだ。
……だけどそれは何故か少しもの悲しい朝の光に思えてきて、あたしは少しだけ戸惑った。朝日って、こんなに切なさを呼び起こすものだっただろうか。理由もわからないまま胸が小さく痛む。その原因は今あたしが考えていることとは別のもののような気がして、漠然とした不安が襲い掛かってきたんだ。
修学旅行も残り二日。明日はワンマンライブの日でもある。もうすぐ朝食の時間だということに気づき、『明日もここで一緒に練習しようね』と真奈海と笑い合いながら、宿に二人で戻ったんだ。
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