放送室という名の取調室

「なっ……今日は僕は放送委員の当番で……」

「だって昨日は糸佳ちゃんとデートしてたんでしょ? 美歌に聞いたもん」


 真奈海は拗ねた顔をして美歌の名前を出してくる。それはどことなく小さな子供の駄々っ子のようにも感じられたが、美歌の名前が出てきたところでやや複雑な色合いに感じられた。


「いやいや、その美歌に言われて昼ゴハンを一緒に食べただけなんだが!!」

「でも優一先輩はその『昼ゴハンを食べただけ』のはずが、あろうことか糸佳先輩に誘惑されてたんですよね?」

「誘惑って…………糸佳は僕の妹だぞ???」


 真奈海と茜のダブルパンチに攻められて、僕はなんとか逃げ腰の言葉で応戦していた。が、真奈海はともかく、茜は非常に厄介な秀才女子。簡単な切り返しは通用せずあっという間に反撃されてしまう。


「まぁどうせ奥手な糸佳先輩のことでしょうから、糸佳先輩の唇が優一先輩の唇以外のどこかに触れたとか、そんな些細な話なんでしょうけど」

「いやだからそのなんでキス前提???」


 どうやら茜の予想では、僕と糸佳がキスしたということになってるらしい。残念ながらそんな記憶はないし、そもそもさっきも言ったとおり、僕と糸佳は兄妹だ。恋人になるって話すらどうかしてる。


「え、そうかな〜。糸佳ちゃんに限ってその程度ではあんな照れた顔を見せないと思うんだけどな〜」

「…………」


 ……が、真奈海はこことばかりに勘を働かせてきやがった。思わず僕の顔が引きつる。


「糸佳ちゃんは確かに奥手だけど、案外大胆なんだよね〜」

「…………」


 鋭い。というより真奈海と糸佳の五年間という意外と長い年月が、真奈海のそういう推理に導いているのかもしれない。


「糸佳ちゃんだったら例えば恋人つなぎくらいなら当たり前のようにしてくるだろうし……」

「恋人つなぎ!??」

「…………」


 茜はひとり驚いていたが、僕は無表情でノーコメントを貫いている……つもり。


「奥手な糸佳ちゃんがキスをした……かはさておき……」


 だが、真奈海は一言一言を発しながら、さらに僕の顔色の変化を冷静に読み取ろうとしていた。真奈海は糸佳だけじゃなくて、僕とも無駄に付き合いが長いという事実はひとまずここでは触れないでおく。


「でも糸佳ちゃんのあの大胆さだったら、キスを通り越して突然プロポーズをやらかしてたりしてね。まぁさすがにそれはないと思うけど…………?????」

「…………(!?!!!!)」


 真奈海の最初は冗談のつもりだったのであろうそれは、僕にとってもはや冷静さを保ったまま無表情を作ること自体が無理ゲーだった。そんな僕の顔に反応して、真奈海の完全に呆れた顔が僕を胸をさらにぐさりと刺してきたりして。


「それは困りましたねぇ〜……真奈海先輩?」

「なんだかなぁ〜……」


 真奈海は大きな溜息をついた後、ついには頭を抱えてしまった。このとき真奈海は誰のどの部分について頭を抱えたのか、僕にはさっぱりわからなかったけど、ひとつわかったことと言えば、僕のことを生ゴミを見るような目でじっと見つめていたということ。それがなんとも痛々しくて、僕は真奈海の視線を無理やり逸らすしかなかった。

 ちなみに茜はというとそれはとても甲高い声で……あ、完全に面白がってやがる。


「あ〜あ。わたしも今後の身の振り方をもうちょっと考えなきゃなぁ〜」


 そう言うと真奈海はふらふらっと立ち上がり、放送室を出ていこうとした。


「って、真奈海……? 明日のシナリオのこと、真奈海は話さなくてよかったのか?」

「それなら茜ちゃんに任せるよ……」


 弱々しいバタンという音とともに真奈海が立ち去ると、再度この小さな放送室に残されたのは僕と茜の二人だけ。重々しくも静かな沈黙が訪れた瞬間でもあった。

 僕と真奈海のどちらがノックアウト状態だったのだろう。フラフラしすぎたそのお話は、茜一人を喜ばせただけで、これならこんな話最初からしなければよかったんじゃないか?と思わないことない。


 とは言ってもだなぁ〜……。

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