真奈海の水色のギター

「今度、ライブで使われるんですか?」

「はい。……といっても、学園祭のライブですけどね」

「あら残念。そしたら私はそのライブを聴くことができないんですね……」

「聴くって言ったって、学生初心者バンドが学園祭でライブをするだけですよ?」


 真奈海と店員さんはついにそんな談笑まで始めてしまった。隣で見ていてハラハラドキドキなのは、本当に僕だけなのだろうか。これだから真奈海とのデートはいくつ心臓があっても足りないくらいなんだ。


「ギターを弾くのが、ITOさんのお兄さんの彼女さんでいいんでしたっけ?」

「はい、そうです。水色のギターで、わたしに合いそうなものはないですかね?」

「そうですねぇ~……これなんてどうでしょう?」


 店員さんが薦めてきたギターは、確かに真奈海の要望したとおりの水色のギター。見事なまでのスカイブルーで塗られていた。デザインも女子高生向けというよりやや派手目のデザインで、清楚なイメージに包まれた春日瑠海に少しだけ毒気を混ぜるとこんな具合、それを体現しているかのようなギターだった。

 ……うん。間違えなく、黒系の服で目立たないオーラに包まれた今の真奈海の姿からは想像もつかない、それとは真逆のギターだ。どう見たってそのデザインは、春日瑠海を意識したものである。


「いいですね~! 試してみていいですか?」

「もちろんどうぞ! そしたらその間に、ベースの方を探してきますね」

「あ、はい。お願いします!」


 そう言うと店員さんはベースが並んでいる方へと向かった。真奈海の方は手慣れた手つきで、渡されたギターと手元にあったアンプをラインで繋ぎ、音を奏で始める。もちろんアンプのせいもあるだろうが、響き渡る音も申し分ない。真奈海はそこにあった椅子に座りもせず、その場で立ったまま自分の姿を確認していた。


「ねー、ユーイチ。これ、おかしくないかな~?」

「え、なにが?」


 と、突然僕にそれを求めてくる。わかってはいるけど、あまり委ねられたくない質問だったりする。


「だってほら。学園祭で三曲歌うわけだし、わたしに合ってないと……」

「真奈海なら大丈夫だろ。それでいいんじゃないか?」

「……うん。ありがと。じゃ~わたしはこれに決めるね!」


 もはや僕の聞き返しなど真奈海には通用しないってわけだ。正直、いつものこと。

 第一、そのギターは真奈海の体型からしてもぴったり合っていた。そこは店員さんの力量なのだろうか、ちゃんと真奈海が弾くものだと確認してから選んでいたし、多少そのギターは重そうに見えるけど、恐らく春日瑠海の体力なら大丈夫だろうって、そう店員さんも判断したのだろう。

 まぁあれだけライブ本番でダンスしながら歌ったりするわけで……店員さんもその姿をテレビなどで観たことがあるのかもしれない。


 店員さんが確信犯であることは、もはや明白だった。

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