第四十一話 念じてみた。


 

「……うーん。で、もぅ――」


 しばらく悶えるような仕種をしていたディーテさんは、我に返ったように頬へ右の人差し指を当てた。

  

「理想の防具や剣を欲しがるのは良いけど、さすがにこんな序盤で聖剣や魔剣を買い求めるのは無理じゃあない?」

「……そ、そうですよね。今は現状で一番良い装備を買うことにします」


 たしかにここはまだ二番目の町だ。

 そんな場所で聖剣や魔剣が手に入るはずもない。そういうのはもっと、たくさんのボスを倒して攻略を進めた先に待っているのだろう。

 ここは焦らず少しずつグレードアップしていこう。


「んんん? ねぇ、アンズちゃん?」


 そう決めた私に対し、ディーテさんがさらに気になったように首を傾げる。


「武器を買うのはいいんだけど、お金はあるのかしらん?」

「……えっ?」

「たしか、一番安い防具一式で10000ジニー。武器は5000ジニーはしたと思うけど……大丈夫?」

「…………」


 私はステータス画面から所持金を確認した。

 モンスターやボスを倒してもお金は貰えないし、始まりの街で素材も売ることはできなかった。

 つまり、現時点で持っているのはチュートリアルで得た2000ジニーだけ……うん、なんにも買えない。


「――あっ! そ、そういえば、できる限り初期装備で進めようって決めてたんでした。いやぁ、武器の性能に頼らず自分がどこまで行けるのか試したくて。ふ、ふひ、ふへへ……」

「そう、なの?」


 あれだけ『聖剣』だの『魔剣』だの偉そうに言っておいて、通常武器すら買うお金がないなんて……。そんなこっ恥ずかしいこと知られたくないっ!

 だから咄嗟にそんな言い訳で誤魔化した。

 

 ディーテさんは私の言葉に怪訝そうな顔をしたけれど、なんだか納得したように頷く。


「なるほどぉ。たしかにそういうプレイスタイルも、面白いかもしれないわねぇ。このゲームは初期の武器でも必ず1はダメージが入るみたいだし、『絶対に無理』とは言えないかもしれないわぁ。その代わり、怖ろしいほどのプレイヤースキルが要求されるでしょうけど」

「か、覚悟の上ですともっ!」


 嘘だ、まったく覚悟なんてしていない。

 誤魔化すために咄嗟に考えただけの単なる思いつきなのだ。覚悟なんてあるはずもない。


「まっ、実際にボスの『アイアン・ゴーレム』を倒したんだし? アンズちゃんの実力は間違いないわ。それで? これからどうするつもりかしらん?」

「えぇーと……」


 改めてディーテさんに問われ、私は少しだけ考える。


 この町からまだ先に進めないのなら、ここにいる意味はあまりないだろ。

 武器も買えないし、特に用事もない。


 それなら当初の目標通り、今日中に最初のボスたちを倒すのが自然かな?


「私はこれから北の草原へ行ってボスに挑みます。今日中に東と北と西の草原にいるボスを倒したいので」

「あらあら、せっかちなのね。二日目にして序盤のボスを網羅するつもりかしらん? そんなのオガミちゃんでも無理だったのに」

「え、『二日目』?」


 目を丸くしたディーテさんの言葉に、こっちこそ首を傾げてしまう。たしかに例のダンジョンを出て二日目だけど、どうしてディーテさんはそれを――。


「……ああ。違いますよ、違います」


 そこまで考えた時、私は彼女の勘違いに気付いた。


「私は第二陣のプレイヤーじゃなくて、これでも先行組なんです。いろいろあって攻略に乗り出すのは遅れちゃいましたけど、これから巻き返して見せますよっ!」

「へぇっ? 先行組で初期装備? いえ、それ以上に不思議なのは――どうして話題にならなかったのかしら?」

「えっ? 何がです?」

「だってぇ、そうでしょう? これだけ可愛くて愛らしくて可憐で麗しいアタシのアンズちゅわんが、今まで誰の目にも触れなかっただなんて――何よりアタシすら気付けなかったなんて……一生の不覚だわっ!」

「…………」


 いや、できれば一生気付かれたくなかったけどね。

 あなたのアンズちゃんでもないけどね。

 どれだけ褒められても、嬉しさを感じられないのはなんでだろう? むしろ身の危険しか感じられないのはなんでだろう?


 うん、きっと喋り過ぎて疲れてるせいだね。

 やっぱり生きている人間と会話するのは、まだまだ私には慣れないみたい。


「あ、あの……それじゃあそういうわけで。私はこれから北の草原で頑張りますので、はい、失礼します」


 はやく一人になってモンスター相手に木の棒と魔法で語り合おう――そう思って別れを切り出すと、ディーテさんが腰を横に揺らした。


「もーう。なにつれないことを言ってるのよぉ。北の草原の攻略、このアタシが手伝って、あ・げ・るぅ」

「うげぇ?」

(いえ、けっこうですっ!)


 素早く心の中でお断りしたけれど、残念ながらディーテさんにはテレパシーはなかったみたいだ。もちろん、私にも。


「うふふ、任せてちょうだい。アタシは支援魔法に特化した聖職者だから、きっとアンズちゃんの役に立つわよ?」

(――役に立つとかじゃなくて、しばらくは傍に立たないでほしい)

「人はアタシをこう呼ぶわ……『慈悲と慈愛の女神』――と」

(――いや、あなたは『女神(笑)』って呼ばれているから)

「今こそ『幼気いたいけな少女に女神の加護を』ってところかしらん?」

(――痛い気な『女神(笑)』に見つかったのが私の過誤でした)

「というわけで、一緒に行きましょうか?」


 どういうわけか微塵も分からないけど、ディーテさんは話をまとめると首を傾げて促してくる。

 当然だけど、私の内心の抗議なんて聞こえなかったみたいだ。

 けっこう強めに念じたんだけど……運営ははやくスキル『テレパシー』を実装するべきだと思う、割と今すぐに。


「えぇーと、その……」


 正直、私としては一人で北の草原に挑みたかったのだけど、ディーテさんはすっかりやる気満々だ。今さらお断りもしづらい。

 実際、明確に断る理由もないし……せっかく申し出てくれたのに失礼かもしれない。うーん……。


「うっあ、は、はい。じゃあ、お願いします……」


 結局最後まで断れなかった私は、ディーテさんと仲良く・・・北の草原へ向かうことにした。


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