第三十二話 決着をつけてみた。



 アリンちゃんから距離を取って、私は先ほどまでと同じように一人で巨人と戦っていた。時々巨人がアリンちゃんの方へ興味を示しそうになるその度に、牽制して挑発して足止めして、何とか私一人を相手に戦わせることができていた。


 巨人から大ダメージを受けるような攻撃は貰っていないけれど、それでも掠めたりダメージの低い攻撃を受けたりして私のHPもちょっとずつ減ってきている。不味い不味い。


 でも、それは向こうも同じことだ。ある程度ダメージを与え続けていたら、一定時間で点いたり消えたりしていた巨人の瞳の赤い光が、点きっぱなしになってしまった。これはきっと、相手のHPもあんまり残っていない証拠だと思う。


 けどやっかいだなぁ。どうやらあの赤い目になっている時は、巨人の攻撃にいちいち振動が発生するんだよね。

 もちろん『耐震』があるので致命的にはならないけれど、やりにくさはある。早く止めを刺して黙らせないと。


「『フレイム・ストリーム』!」


 巨人の振り上げた左腕に飛び乗って顔近くまで運んでもらうと、そこから飛び降りながら横っ面に魔法を叩きこむっ。


『グゥ……』


 結構効いたのか、巨人の大きな体が右側に傾き――けれど右足で踏ん張ってこちらをにらむようにキッと見た。

 不味い、何か来るっ!


 巨人が大きく息を吸い込んだのを見て、ブレス系の技かと思って傍に寄った。その方が巨人から近い分軌道が読みやすくて、その巨体に潜り込んでかわしやすいからだ。

 なによりアリンちゃんに顔を向けるようなら、即座に攻撃して気を逸らさないといけない。


『ブワァァァァァァっ!』

「ぎょえ?」


 ところが巨人が吐き出したのは、ブレスではなく大絶叫だった。あまりの大きさに遠くに見える湖の水面が大きく波打ってる。ていうかこれ、空気が揺れてない? こんな漫画みたいな現象初めて見たよ。


――称号『被虐の鑑』のオプション効果により、状態異常の無効化に成功しました。


「へ?」


 そんなメッセージが一瞬だけ表示されたことで、これが状態異常攻撃だったことに気付く。あのダンジョンでいっぱいお世話になった称号だからね。今回も役に立ってくれたみたいだ。

 もし効果を受けていたらどうなってたんだろう? 規模は違うけれど、オルトロスっていうわんちゃんも似たような攻撃してきたなぁ。あれは二秒間だけ硬直する効果だったけれど……。

 まぁいいか。

 取りあえず叫んだ姿勢のまま固まっている巨人の指に、木の棒を叩きつけた。

 


『グオォっ!』


 もちろんずっと固まっているはずもないよね? すぐに再起動してこちらを殴りつけてくる。

 それを半歩下がっただけでぎりぎり躱して、引かれる拳に飛び乗る。発生する振動でちょっとジャンプが難しかったけれど、何とか巨人の人差し指と中指を掴んで引っ掛かり、上へと引っ張り上げてもらった。


『グ?』


 指にぶら下がる私に気付いて振り払おうとする巨人――今だ。


「ていっ!」


 巨人が手首を振った反動を利用して、そこから巨人の顔を目掛けて飛び上がる。やっぱり小人が巨人を倒す物語の定番と言えば、一番の弱点――そう、眼を潰さなきゃ始まらないよね?


『グアァァ!』


 目に木の棒での横薙ぎの一閃っ! それは見事に巨人の赤く光っていた瞳に直撃し、巨人は喚きながら後ろに下がる。

 両手で一つしかない目を押さえて悶えているようだし、これはかなり効いてるでしょ。


 おそらくだけど、あと一発、あの目に攻撃を直撃させれば勝てるはず。よし、最後の踏ん張りどころだ。


 目を押さえ、指の隙間からこちらを覗く巨人に、特攻を仕掛ける。慌てたように巨人が足をじたばたと動かすけれど、眼が痛くてこちらに狙いを定められていないようだ。紙一重ながらもなんとか躱しきる。


『グ、ガ……グガァァ!』


 足踏みでの攻撃が当たらないことに業を煮やしたのか、巨人が目を押さえていた手を外し、拳を握ってこちらに振り下ろして来た。

 そう、この時を待っていた。


「これで――」


 腰を曲げ、こちらへと迫る巨人の上半身。それはつまり、顔も近づいてくるというわけで、私はその顔へ木の棒を向けた。


「――終わりだよっ! 『フレイム・ストリーム』っ!」


 巨人の拳がこちらへ届くよりも早く、私の木の棒から放たれた魔法は巨人の瞳へと――。


――『フレイム・ストリーム』を使用するにはMPが足りません。


「……へ?」


 私の身体に巨人の拳が突き刺さった。






「……いやぁ、お、惜しかったよね」

「……」


 結局、あの巨人の一発でやられてしまった私は、気付いたらベルンダの街の第一広場にリスポーンしてたみたい。またレベル83を目指して経験値0から獲得していかないといけないなぁ。はぁー。


 そして当然と言えば当然なんだけど、私がやられた後にアリンちゃんもやられちゃったみたいで、ものの十秒もしない内にここへリスポーンしてきた。同じ所をリスポーン登録してたなんて、ちょっと運命感じちゃうよね。


 ていうか私、この広場をリスポーン登録したのって偶然だったんだよね。あの偶然がなければもしかして、あのダンジョンに死に戻ることができたのかな? まぁ、いいか。こうしてアリンちゃんと同じ所に死に戻れたんだし。


「あ、アリンちゃん? さっきからど、どうしたの?」

「……えっと……いや、はい」


 何だか固まっているアリンちゃんに問いかけるも、どうにも返事が上の空だ。良いところで負けちゃって、私のこと怒っているのかな?


 そりゃあ、そうだよね。私がもし勝っていたら、アリンちゃんはあの巨人を倒した経験値を労さず手に入れていたんだし、珍しいアイテムだって手に入ったかもしれないんだし。くっそ、私だってアリンちゃんを寄生? とかいうプレイさせてあげたかった。アリンちゃんと寄生プレイしたかったよぉ。


「す、すごい……なんなのこのステータス? 第一陣にしたってこんなデタラメな数値はありえないでしょ。だって、最前線でも50ぐらいだって……なんで本当に82?」


 おや、どうやら上の空だと思っていたアリンちゃんは、実は私のステータスを見ていたみたいだ。そう言えばマイフレンドの鉄心さんが「パーティーを組めばステータスを見られる」なんてことを言っていたなぁ。

 どれどれ、私もアリンちゃんのステータスを見てみようかな。


「あ、アリンちゃん。ね、ねぇ。私もアリンちゃんのステータス見ていいかな?」

「……え? あ、いいですよ。と言うより、相手から特別なことわりがなければ、パーティーを組んだなら自由に見てもいいと思いますよ? パーティーを組むってことは、ステータスを見せてもいい相手だって認識してます」

「あ、そうなの?」

「ええ。ただ、スキル等に関しては、相手からの設定を変えてもらう必要があるので、自由に見るってわけにはいかないでしょうけどね」


 そういうわけらしいので、アリンちゃんのステータスを見せてもらった。

 ふーん、魔法使いのクラスでレベルは6か。まぁ、1日目だしね。こんなもんじゃないかな?

 私だってレベルが1から上がるのに何日かかったことか。もう忘れちゃったけど、たしか随分と1の時間が長かったよね。本当に、私頑張ったよ。


「……アンズさんって、一体何者なんですか? 最前線の攻略組ですか?」

「え? 最前線も何も、私、今日初めてパロン草原に行ったよ?」

「うそ……いえ、たしかに湖の場所も知らなかったし、言動もどこか変だったような……と言うより一番奇妙なのが――どうして初期装備なんですか?」

「あ、こ、これ? えーと、実は私『無差別投下バグ事件』の被害者でね? ずっと高レベル帯のダンジョンでレベル上げてたんだ。そして今日、ようやくそのダンジョンから出られたってわけ」


 鉄心さんにはあんまり言わない方がいいって言われてるけれど、レベルも知られちゃったし今さらだよね?

 ていうかこの返事、ちゃんとアリンちゃんの質問に答えたことになるのかな?


 私の言葉にアリンちゃんは少し考えこむような顔をして、それから小さく息を吐き出した。


「あんな理不尽なバグを受け入れて、挫折することなく実力で突破する。なるほど、面白い人ですね、アンズさん。私の姉があなたの事を知れば興味を持つかもしれません」

「あ、やっぱりお姉さんいるんだ?」

「え? あ、いえ……いえ、私には姉はいません。間違えました」

「じゃあお兄さん?」

「……そう、ですね。私の兄はきっと、あなたに興味を持つと思いますよ」


 何やら意味深長に呟いて見せるアリンちゃん。あ、なんかいいなぁ。私もそういう裏がありそうな呟きとかしてみたい。ちょっと格好いい。


「まぁ、私としては私まで奇異な目で向けられる可能性があるので会って欲しくはないところですが」

「えぇー。で、でもアリンちゃんのお兄さんなら、きっと男前なんだろうね? アリンちゃんが美の神髄を極めたってぐらいの美少女だから」

「いや、兄は……いえ、ありがとう、ございます」


 私の言葉に何か言いかけて、けれど照れたように俯いてしまったアリンちゃん。う、うひょー、くぁわええ……。


「で、では、そろそろ私はパロン草原に戻ります。今日中に『夜目』スキルを取得しておきたいので。いろいろとありがとうございました」


 パーティーを解散した後、アリンちゃんが一礼して私に背を向けた。どうやら未だゲームを続けるみたいだ。


「あ、あのちょっと待って」


 そんなアリンちゃんを、私は思い切って呼び止めた。

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