第十八話 素材を持ち込んでみた。
これから西にある街ぺスタに向かうと言う黒羽さんと別れ、私は一人始まりの街に戻って来た。
その際に「男の人が絡んできたら無視する」とか、「じろじろ見てくる人がいたらすぐ逃げる」とか大袈裟なアドバイスを何度も受けた。まったく、黒羽さんは心配しすぎだよ。まぁ、私が小学……中学生と思っているからかもしれないけど。
たしかに、このゲームでは珍しいくらいの身長が低い女の子かもしれないけど、銀髪の女性自体はけっこういるし、もっとカラフルな髪色だってある。きっと堂々としていれば誰も関わってこないはずだ。
「お、君可愛いね。どこ行くの? 案内しようか?」
「初心者? お兄さんが色々教えてあげようか?」
「はぁはぁはぁ、お、お嬢ちゃん……連絡先教えてよ」
関わってこないはずなんだけど……さっきからやたら声を掛けられるし後を付いてこられる。
折角素材を売るためにこの街に戻って来たっていうのに、なかなか目的地に辿り着けないよ。そもそもどこに素材屋さんがあるかもわからないし。
「うーん、さっき案内してくれるって言ってくれたお兄さんにお願いするべきだったかな? いや、なーんか嫌な雰囲気したし、黒羽さんにも注意するように言われたしなぁ」
せめて黒羽さんに素材屋の場所を案内してもらうべきだったかな? でもあれ以上面倒掛けるのも気が引けるし、図々しいと思われても嫌だしなぁ。
「――頼むよぉ。俺の素材も買ってくれよ」
「うるせぇな。何度も言ってんだろう。今日は後続組のために店出してんだ。先行組はNPCのとこか他の素材屋当たんな」
「ちっ。二度とオメェのとこで武器造らねぇからな!」
「上等だっ。誰がてめぇに武器なんて造ってやるかっ! 一昨日来やがれっ!」
うん?
街を歩いているとそんな威勢のいい声が聞こえてきた。よく聞き取れなかったけど素材っていう単語も聞こえたし、もしかしたら私の素材も買ってくれるかも。
声のする方へ行くと小さな屋根だけのテントが立っていて、その中に一人のおじさんがひっくり返した籠の上に座っていた。そのテントの近くには『素材屋 鉄心』なんて書かれているし、きっとここが素材屋で間違いないはず……間違いないはずなんだけど、どうしよう。声かけて大丈夫かな?
何だか見た目が気難しそうな人だし、話しかけたら怒鳴られたりしないかな。
あ、こっちを見た。なんだかすごい眉を
「……おい、お嬢さん」
「は、はひっ!」
「さっきからこっち見てっけど、客か? それとも冷やかしか?」
「え、あ、う……客です。う、売りたいです」
「そうかい、じゃあもうちっとこっち来な」
困っていたらおじさんの方から声を掛けてきてくれた。どうやらチラチラ見ていた私を冷やかしだと思ったみたいだ。そりゃそうか。何もしないでただ見られるだけっていうのは不愉快だよね。申し訳ないことしたなぁ。
「後続組がログインしてから大体七時間か。お嬢さん、あんた今までパロン草原でモンスター狩ってたろう?」
「え? 分かるんですか?」
言い当てられて私が驚くと、店のおじさんは良い顔でニヤリと笑った。
「素材を売りに来たってことは、今までモンスターを狩っていたってことだ。そしてこんな短時間じゃ、どんだけレベル上げても北のグフラム草原のモンスターを倒すのは厳しい。もちろん、先行組とパーティー組めばその限りじゃないが、お嬢さんが今一人でいるのを見れば、ソロでやってたんだろう事は察しが付く。なんせこのゲームをやってる奴と一緒だったなら、今日突発的に店を開いた俺のところに来るはずがない。素直に固定の店出してるやつか、NPCのとこに行くはずだからな。それで適当に素材屋を探していて、運よく俺の店を見つけたってところか?」
「えっと……」
「どうだ? 大体あってるだろう。いや、完璧に合ってるだろう? 推理力には自信があるのさ」
「…………」
どうしよう、ほとんど間違ってるんだけど。
でも長々と語っていたおじさんの自信満々な顔見たら、間違ってるなんて言えないよ。ここは大人な対応として頷いておくのがいいんだよね?
「お、おおむね、その様な感じで考えていただいて、構わないのかもしれないような気がします。ふ、ふひっ」
あぁ。私の無意味な正義感が、素直に頷くのを拒んじゃう。これじゃあ「遠すぎて近からず」って言ってるのと同じようなものだよ。
「へへ。だろう?」
けれどおじさんは気にした様子もなく、得意げな顔で胸を張る。なんだか申し訳ないような気もするけれど、不審に思われなかったのならこのまま押し通そう。
「で。何を売るんだい? 今日の商いは慈善事業みたいなものだ。攻略を進めている先輩方からの施しだと思ってくれてもいい。通常の倍の値段で買い取るぜ」
「倍っ! 本当にいいんですか?」
「おう。ただし、パロン草原のモンスターの素材は元値が安いってことは知っておいてくれよ。何なら相場でも何でも調べてもらってもいいぜ」
「そ、そんなことしませんよ」
こんな太っ腹な人は中々いない。偶然こんなお店を見つけるなんて、私って運がいいなぁ。
お金はチュートリアルでもらった2000ジニーだけだし、ここで素材を売って少しでもお金を稼いでおこう。
「お嬢さん、アイテムの実体化の方法は分かるか? 一度実体化しねぇーと取引はできないんだが」
「あ、大丈夫です。お肉食べるために何度か実体化させましたから」
「へぇ、もうこのゲームで食事したのか。まぁ、ログインから七時間じゃ腹減る奴は腹減るかもなぁ」
そう言えば、今日はまだ何も食べてないなぁ。
黒羽さんとモンスターを倒すのに夢中で、飲食を忘れていたや。始まりの街には飲食店ってあるのかな。あるのなら行ってみたいなぁ……。
「おい、お嬢さん。口から
「あ、う、こ、これはあの……うぅ」
慌てて口元を拭って誤魔化そうとするけれど、おじさんの呆れた顔を前に全てを諦めた。やっちゃったよ。絶対変な娘だと思われちゃったよ……。
「あぁ、まぁいいからさっさと売るもんだしな。買い取ってやるから」
「はい……」
おじさんに言われてアイテム欄を表示させる。そこから手頃なものを選んで……。
「――あ、そうだ。パロン草原のモンスターの素材じゃないんですけど、いいですか?」
「おうっ! ……え?」
取り合えず、持ってる数の多い『白銀の鎌』とかでいいかな?
アイテム・素材 説明欄を隠す ▲
『白銀の鎌』×56 レア度:A
かつて、生態系の頂点に座していたとされる巨大
――素材名『白銀の鎌』を実体化させますか? YES/NO
もちろんYESを選択してから、迷うことなく素材をその場に実体化させた。
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