第十七話 フレンドしてみた。
それからしばらく草原でモンスターを倒していると、少し気だるげな表情で黒羽さんが立ち止まった。
「……アンズちゃん。今ので倒したのは七体目だけど、レベルは上がったかな?」
「え? あ、いえまだ上がらないですね。ちょっと時間がかかるかもです」
ここは始まりの街だから、レベル1でも倒せるように設定されているんだもんね。モンスターも多分そんなにレベルは高くないはず。
やっぱりレベルが82の私と差がありすぎるのか、ちっとも経験値が貰えない。50を過ぎた辺りからはあの高レベル帯のダンジョンでも上がりにくくなっていたし、しばらくレベルアップは望めないかなぁ。
「そうなのね。パーティーで経験値を分け合っているとはいえ一つも上がらないなんて……」
「やっぱりレベル差がありすぎるんですかね?」
「まぁ、それもあるしょうね。私は今レベル48だから、さすがにこの序盤のフィールドでレベル上げするにはきついわね。ここはどう頑張ってもレベル12までが精々じゃないかしら」
「12……はぁ」
それじゃああまりにも効率が悪すぎるよ。七体倒しても、合計経験値が14ぐらいだし。ここはさっさと卒業して、早く次の街に行くべきだ。
「それにしたって七体倒しても上がらないなんて……やっぱりあの情報は本当だったか……」
「あの情報?」
「ええ。どうやら組んだパーティーメンバーのレベル差が著しい場合、経験値がかなり減少するらしいの。まぁ、過度なパワーレベリングを防止するためでしょうけど、それにしたってここまでだなんて……」
「パーティーメンバーのレベル差……ああ、40近くありますもんね。そりゃあ余計に上がりにくくなりますよね」
「まぁ、そうなるわね……」
私が82で黒羽さんが48だから結構なレベル差と言えるかもしれない。けど黒羽さんでも48なんだな。もしかして生産重視なんだろうか?
「あの、黒羽さんって――」
「――情報では、後続組には救済処置があるとかなんとかあったし……これだけ
生産をしてるのか聞こうと思ったけれど、何やら自分の世界に入ってしまった。ぶつぶつと良く分からないことを呟いている。
まぁいいか。そんなに重要な事でもないし、私も今は生産関係に興味はないから。色々遊んで、それから興味が湧けば聞いてみよう。
……けれどあれだね。
黒羽さんはぺスタっていう次の街に拠点を構えてるんだし、本当はこんなところで私に付き合って油を売っている場合じゃないんだよね。
一緒にパーティーを組んでくれるのは嬉しいけれど、それで彼女の攻略に時間がかかるのは本意じゃない。
第一、レベルだけみれば私の方が上なんだから、黒羽さんこそもっとレベルを上げないと。私なんかの面倒を見てる場合じゃないんじゃなの?
やばい、分かっちゃった。
これが気を遣う、空気を読む――そう、『思いやり』ってやつなんだ。
「……黒羽さん」
「――北の草原でレベル上げした方が……いや、私もいるし一気に東で上げても――」
「く、黒羽さっ!ん……」
「え? あ、うん?」
「あ、や、あの……ふひっ。その……」
黒羽さんをこちらの世界へ引き戻そうと大きな声を出したら、思ったよりも大きな声が出て恥ずかしくなってしまった。
黒羽さんは気にした様子もなくこちらに微笑みかけてくれるけど、きっと内心で「なにこのコミュ障(笑)」とかきっと思ってるはず……いや、それでも負けないんだから。
「その……えと、私に付き合う、黒羽さんレベル上がらない。それ違う。駄目、絶対。私、一人で。パーティー解消。黒羽さん、自分のためにゲーム」
ちょっとたどたどしくなったけれど、言いたいことは全部言った。きっと私の思いやりってやつも伝わって、黒羽さんも私の事を見直したはずだ。
どう? 意外と気遣いできる女でしょう?
あれ? どうして黒羽さんはこちらを見てぽかんとしてるんだろう? あ、動き出した。
「……言いたいことは何となくわかるけど、なんで片言なのーっ。もう、アンズちゃん、面白すぎっ! 可愛すぎっ!」
「ほぎゃっ?」
動き出したと思ったら、デジャヴのように抱きしめられ撫で回される。
だ、誰かっ! お、オガミさん助けてっ!
――あ、でもやっぱり、ちょっといいかも……。
「あ、あんまりやりすぎるとまたオガミに怒られるわね。やめとこやめとこ」
「ふぅ……」
一通り私を
彼女はこちらを解放して少し距離を取ってから、少しだけ真面目な顔で首を傾げた。
「それで? えーと、つまりアンズちゃんは私に悪いから、一人で戦うってこと?」
「は、はい。今のままじゃ、お互い満足にレベルも上がらないし、黒羽さんもきっとやりたいことがあるでしょうし……」
「そんなの別にいいのに……とはまぁ、言えないけど。私も元々、今日一日だけ一緒するつもりだったんだよね。決まったパーティーメンバーと足並みをそろえないといけないし、それに見る感じ、アンズちゃんってばすごい強いだもん」
「え、えへっ。そ、そうですか? それほどでもないですよ。えへへ」
まぁ、言っても序盤の敵だしね? こんなのに苦戦してたら、この世界で一ヵ月間頑張ったダンジョン内の私に申し訳ないし? そんな別に褒められるようなことでもないっていうか、全然嬉しくもないんだけど?
「アンズちゃんって、謙遜が下手だよね」
「え?」
「だって『それほどでもない』とか言いながら、顔がすごいにやけてるんだもん。すごく可愛い」
「う……」
「とにかく、一人でゲームをするつもりならいくつかアドバイス」
「な、なんでしょうか」
にやけ面を指摘されてたじろぐ私から視線を外し、黒羽さんは警戒するように周囲へ目を向ける。そうしてから再びこちらを見やった。
そうか、ここはモンスターの出現するエリアだから、常に気を配らないといけないんだ。まぁ、私には『気配感知』があるから、余程の事がない限りは大丈夫だと思うけど。
「まず一つ目ね。一人でもここで問題なくモンスターを倒し続けることができるなら、北の草原に行った方がいいわ。そこの方が強いモンスターが出るから」
「そうなんですか?」
なら最初から行けばよかったと思うけど……まぁ、黒羽さんなりの考えがあるのだろう。
「そして北のモンスターにも慣れたら、東に向かって。そこにはもっと強いモンスターが出るの。ただし、北も東もあまりエリアの奥まで行かないように。このエリアと同じようにボスがいるから」
「あっ、じゃあ始まりの街から西、北、東……それぞれの方角にボスがいるんですね? どの方角のボスが一番強いんですか? やっぱり東ですか?」
「うーん、難しい質問だけど……強いて言うならばみんな同じくらいね」
「え? そうなんですか?」
てっきり強いモンスターの出る東のボスが強いと思ったけれど、そう言うわけでもないみたい。なんだかややこしいなぁ。
「相性とかいろんな問題もあるけれど、三つのボスに共通して言えることは――東のエリアである程度戦えないと、絶対に勝てないってことね。もちろん、ソロではなお厳しいわ」
「……ええっ! それって、このエリアでレベル上げてボスに挑んでも勝てないってことですよね?」
「ええ。だから先行組はみんな、苦労したわよ。まさかポップするモンスターとこのエリアのボスのレベル差がありすぎるなんて思わないじゃない。それでいろいろと調べてみて、どうやら西、北、東の順でレベルを上げて挑むのがいいってことになったのよ」
「へぇ……大変だったんですね」
序盤に苦労したのは私だけだと思っていたけれど、他の人たちもちゃんと苦労してたんだな。やっぱり、他のプレイヤーも私以上にレベルが上がっているのかもしれない。
「分かりました。アドバイス通りの順番で戦ってみます」
「うん、それがいいと思う。あとね、ソロでは厳しくなってくるとは思うけど、安易にパーティーを組んだりギルドに加入したりしたらダメ。良く知らない人をガード対象から除外するなんてもっての外」
「え? でも――」
「もっての外っ!」
「は、はいっ」
黒羽さんが力強くそう言うので頷くけれど、どうも納得いかないや。だって、彼女自身と安易にパーティーを組んだし、良く知らない時にガード対象から除外しちゃったし……。
「あ、そっか。安易にガード対象から除外すると、黒羽さんみたいに乱暴してくる人がいるってことですね?」
「だから言い方気を付けてっ。ゴホンっ、まぁ、不本意だけれどそう言う事。特にアンズちゃんは可愛くて押しに弱そうだから、できるだけ女の子とパーティーを組みなさい」
「へ? 可愛いって言っても、それは単に子供っぽくて可愛いってことですよね? 別に黒羽さんが心配するような事は何もないと思いますけど」
「甘いわね。他のゲームと違ってほとんどリアル容姿を反映しているこのECCにおいて、自分がどれだけ貴重な存在であるかを、あなたはちゃんと自覚しなさい。銀髪のロリなんて、このゲームで見たことがないわ」
なぜかお説教のようなものをされてしまい、私は自分の間違いを悟った
そうか。このゲームはあんまり姿をいじることができないから、普段は性別や身長を変えている人たちも、本来の姿でプレイしないといけないんだ。VRの影響で低身長が増えているとはいえ、さすがに私くらい背の低い高校生は滅多にいないもんね、逆に目立っちゃってるわけか。
「このゲームは対象年齢十二歳からだけど、それくらいの女の子たちは最近発売された小中学生向けのVRゲームに夢中だしね。アンズちゃんくらいの子がECCをやってるのは本当に珍しいのよ」
「しょ、小中学生……」
やっぱり小中学生に見られてるってこと?
「特にアンズちゃんの見た目なら小学校中学年でも通用するし」
「げふっ」
「やっぱりVRの影響で、子どもたちの低身長化は進んでいるのね……あれ? どうしたのアンズちゃん」
「も、もうけっこうです。アドバイス、ありがとうございました」
これ以上、アドバイスと言う名の精神攻撃を受け続けるのは身が持たない。今は一人になって、この仮想世界の夕暮れが近づいてきた空でも眺めたいよ……。
「あ、最後に……」
頭を下げて始まりの街へ戻ろうとした私へ、黒羽さんが呼び止めてくる。
「え? なんですか?」
「えーと……その、ね。私みたいな可愛いくて頼りがいのあるお姉さんとフレンドになっておくと、いいことある……かも、しれないんだけど……」
振り返れば、夕焼けにはまだ早いと言うのに頬を赤く染めた黒羽さんの顔。らしくもない歯切れの悪い言葉とその表情で、彼女が何を言いたいのか――何をして欲しいのかが私でも分かった。
「……あの、短い時間ですが黒羽さんにはとても良くしてもらえて楽しかったです。もしよければ、私とフレンドになってくれませんか?」
「こほっ。え、ええ、いいわ。これからよろしくね、アンズちゃん」
「へへへ。はい」
頬を赤くしながらも澄まし顔で
ちょっと強引だったけど良くしてもらえたし、私みたいな人間と仲良くしてくれるって言うのなら、きっと得難い人だと思う。
だから私はフレンド申請をしようとして――。
「あれ? どうやってメッセージをだせばいいんですか?」
「……いや、教えてあげるけど、なんか締まらないわね」
自分でもそう思った。
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