第十五話 パーティーを組んでみた。




 私のクラスを聞いてうなだれていた黒羽さんが、まるで作動の遅くなったパソコンが再起動するように、のろのろと顔を上げてこちらを見る。


「……うーん……いえ、そうね。アンズちゃん、VRゲームは初めて?」

「え? そうですね、オフラインの方はけっこうしてましたけど、このゲームが初めてのオンラインゲームです」

「そう。じゃあ取りあえず、思いっきり楽しんでみたらいいよ。ネットとかの情報も大事だし、先輩プレイヤーの意見も大事だけど、まずは自分なりの楽しさを見つけないとね」


 眩しい何かを見るときのように、目を細めて微笑んで見せる黒羽さん。後ろに何かあるのかな? 私に後光でも射してるのかな?


 もちろん、振り返っても何もいないことぐらい『気配感知』で分かっていたけど、私は思わず振り返って確認してしまった。


「ふふっ。もう何してるの。よし、それじゃあさっそくモンスターと戦ってみようか? アンズちゃんはスキルのチュートリアルは受けた?」

「えーと、ひったくりに攻撃する奴なら……」

「じゃあ、剣技スキルの使い方は大丈夫ね。私はあれ、スルーしちゃったから結構独学で使い方知ったっけなぁ」


 あの時は苦労したっけと笑う黒羽さんを見ながら、私もあのダンジョンで最初は何度も死んだことを思い出した。そっか、最初は皆、苦労したんだろうな。


「あ、でも私、剣技スキルないですよ?」

「へ? 魔『剣士』よね?」

「はい。でも魔剣士って、何故かスキル欄が五つしかないので魔法スキルしかとらなかったんですよ。残りはPSプレイヤースキルでどうにかしようと思って」

「……そっか。まっ、それもよしっ!」


 明らかに一瞬苦い笑みを浮かべた黒羽さんだったけど、何かを振り払うように大声を上げて短剣を頭上にかざした。


「ここから先はモンスターが現れて、PKも可能になるから気を付けなきゃいけない。FFは基本的にできない仕様だけど、限られたスキルによっては仲間が傷つくこともあるみたい……まぁ、今は関係ないからいいか」

「……PKって、プレイヤーキルですよね? FFって何ですか?」


 聞き馴染のない単語に首を傾げると、何故か黒羽さんが嬉しそうな顔でにんまりと笑った。


「どうしたんです?」

「ふふ、いいねいいね。アンズちゃん、初心者って感じでお姉さん楽しいなぁ」

「なんですか、それ? 第一、私たちあんまり年齢――」

「FFってのはフレンドリーファイヤーのこと。つまりね、仲間を傷つけちゃうことよ」


 お姉さん気取りに反論しようとしたけど、その前にFFの意味を教えられてしまった。なるほど、フレンドリーファイヤーね。つまり友達を燃やすってことか。


「あれ、でもどうしたら仲間ってことになるんですか?」

「ちょっと待って……ほい」


――プレイヤー名:黒羽からパーティーの申請が届いています。受理しますか? YES/NO


 黒羽さんからパーティー申請が届いた。おお、これが噂に聞くパーティーってやつか。オフラインばっかりしてたから、こう言うの初めてだ。

 RPGもしたことないから、AIともパーティーって組んだことないんだよね。格ゲーはいつもソロでやってたし、ちょっと仲間と戦うのってどんな感じになるか気になるかも。


 YESを選択するとパーティー一覧と言うウィンドウが現れ、そこに黒羽さんの名前が記されていた。


「これでパーティーになったことになるんですか?」

「そうそう。モンスターを倒せば経験値を分け合えるし、コンビネーションで普段とは違う戦い方や互いを補い合った戦い方ができるの。まぁ、パーティーと言えば、MMOの醍醐味でもあるわよね」

「はぁ、そういうものですか」


 たしかにそう聞けば、パーティーとは随分とおいしい制度だと思う。一人では倒せない敵を倒せるし、倒す時間も早くなる。その分、攻略スピードも上がるだろう。

 なのに何故、ソロプレイヤーと言うものが存在するのだろうか。


「……まぁ、私みたいに組みたくても組めない人もいるんだろうけど」


 今回はたまたまオガミさんに助けてもらって、その知り合いである優しい黒羽さんが色々と気を遣ってくれた結果が、この状況なのだ。

 もしオガミさんに会わなければ、きっと今も一人で街を彷徨さまよっていただろうし、当然戦闘になってもソロを強いられていたはずだ。


 まぁ、別に私はそれでも構わないのだけれど。

 オフラインの格ゲーからずっとここまで、一人で戦ってきたんだ。一人の戦いには慣れてるし、多分一人の戦いの方が馴染んでいると思う。


「さて、それじゃあ行きましょうか?」

「はい」


 とは言え、このゲームを始めてせっかくできたパーティー仲間だもんね。一緒に戦うのも楽しいかも。

 それに攻略を始めるにあたって、二か月間このゲーム世界を見回っていた黒羽さんには教えてもらえることがたくさんあるはず。

 

 街から外れて五歩ほど進むと、例のダンジョンで散々経験した感覚が襲って来る。そう、セーフティエリア内から外に出た時に感じる、あの膜を潜り抜けたような感覚だ。きっともう、モンスターが出ると言うエリアに足を踏み入れたんだろう。


「気付いた? あの暖簾に頭から突っ込むような感じがしたら、エリアを移動したって意味よ? もう、ここからはモンスターが出るわ」

「はい」


 どうやらやっぱりそうだったみたい。黒羽さんもそう言っているし、目の前にゆっくりとこちらに向かって来るモンスターも見える。


「来たわね、パロン・タートルだわ」

「……パロン・タートル? 亀なんですか?」

「ええ、ここはベルンダと西にあるぺスタを繋ぐパロン草原なの。そのパロン草原にでる亀だから、パロン・タートルなんじゃないかって話」

「へぇ、けっこうアバウトな名前なんですね」


 RPGに出てくるモンスターの名前って、もっと独創的というか、格好いい名前のものが多いと思っていたけれど、案外そうでもないみたいだ。

 あのダンジョンに出てきたモンスターも、『ジャイアント・マンティス』やら『ギガース・ゴーレム』やら捻りのないものも多かったし、そういうものなのかもしれない。


「パロン・タートルは、弱いくせに結構好戦的なの。プレイヤーを見つけたらすぐに襲い掛かってくるわ。まず、私が戦ってみるわね?」


 私を庇うように前に移動した黒羽さん。少し大きめな亀みたいなモンスターは、ある程度までのそのそと近づくと、突然勢いよく飛び上がって突っ込んできた。

 移動速度は遅いけれど、飛び上がってこちらへ向かって来るスピードは大したものだ。初見はそのギャップにびっくりするかもしれない。

 ご丁寧に手足と尻尾、さらには頭をひっこめて、甲羅だけになって黒羽さんに激突――する寸前で、黒羽さんは躱して甲羅は空しく地べたに転がった。


「……え?」


 ひっくり返った甲羅から手足と首を出して必死に起き上がろうとするパロン・タートル。けれどいくら頑張っても起き上がることができない。


「……ね? 弱いっていったのはこういうこと。パロン・タートルの攻撃を躱せば、かなりの確率で勝手にしばらく動けなくなっちゃうのよ。まぁ初めのうちは躱すのに手間取るかもしれないけれど、繰り返してたら慣れるわ」


 そんな風に私にアドバイスしながら、黒羽さんは容赦も躊躇もなく短剣でパロン・タートルの首を掻き切り倒してしまう。


――パロン・タートルを討伐しました。経験値2を獲得しました。


「経験値はちゃんと入った?」

「はい。私何にもしてないのにもらちゃっていいんですかね?」

「それがパーティーの利点だからね。さぁ、アイテムの回収回収」



――【小さな爪】を入手しました。

――アイテムポーチがいっぱいです。アイテムを入れ替えますか? YES/NO


「……黒羽さん、【小さな爪】って手に入りやすいですか?」

「うん? あ、アンズちゃんには【小さな爪】がいったんだ。私は【小さな甲羅】だったけど……そうね、【小さな甲羅】よりは【小さな爪】の方が手に入りやすいわね。他のモンスターもドロップするし、最初は【小さな爪】でポーチのかさを取るほどよ」

「そうですか」


 じゃあ、これはいらないや。


――【小さな爪】を入手しませんでした。


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