一夜

夏の陽炎

第1話 

 優等生には、シンプルな下敷きがふさわしいと思った。正しいと思われる価値観と学校の規則にしがみついて学校生活にはふさわしいものを選んでいた。


 透明なクリアファイルを持っていた。いつ、どのように購入したかは覚えていない。ただがむしゃらに某芸能人の画像をパソコンから印刷機へ出力していた。安いコピー用紙に歪まないように丁寧に印刷された“彼”は当たり前のようにクリアファイルに挟まれていた。それを下敷きと呼び次の授業から使用していた。

男子は言った。

 「…そんなんでは駄目じゃないか。」

 耳にも届かない小さな音であり、下敷きのまぶしさがそれをはじいて遠くへ返したと思った。


 いつか読んだ国語の教科書の元少年の話は、彼の犯罪を恐れるばかりで、“なぜその行為に走ったのか”についてを考えなかった。挿絵は美しくも不気味で、印象だけ置き去りにしてどんなものだったかなんて覚えてはいない。

覚えている、包丁を初めて握った時は、手が震えて人参と玉ねぎは細かく切れなかった。サラダはおいしくなったとしても、慎重に時間を重ねなければ完成しなかった。生まれつき不器用で…という悩み事を抱えていた。親が「わたしも不器用だから、わたしが悪いの。」という言葉で慰めたけれど中学生になっても先行き不明だった。

思い出した教科書の内容は、“少年が蝶の標本を欲しいという欲求に負けて盗難をしたこと。”、“蝶の標本を盗む際に事故で標本を粉々にしてしまったこと”である。わたしは不器用だ。人の物を借りて壊しはしないだろうか。

書き留めもしなかったけど、勝手に要約すると“生きるために多くのものを食らい汚れた自分を思う”という内容の詩を読んで想像した人物像を見つめた。詩の意味を深く理解せず自分の心の行き場を大事にしたと叱られても探す手元はない。ただ、その想像した絵の人物は、結局自分なのかもしれない。


 冬になると手がかさついた。唇は荒れて切れて血が流れた。わたしは、15年も生きていない。だけども、40余年も人生を積んだかのように、様々なものに触れたような痛みを感じる。

母はその日も朝早く起き、朝食を作り、帰宅すれば夕飯がある。洗濯物は畳まれている。足がすくんだ。

玄関を開ければ朝日が入り、人、人の声が聞こえる。鳥はさえずり鳥として生きる。虫は満足気にその小さな世界で食べ物を食らう。

春になれば赤い花をつける植物は虫と同じようにわたしを癒してはくれないだろうか。見るからに空を優雅に飛べる鳥に視野を向けて、簡単に潰されそうな虫にはその能力は当然として差別をしたかもしれない。同じように蜜をいただこうか、なんて誤りだったのだろうか。


 下敷きのしまう場所を考えられずにそれでも毎日持ち続けたわたしは、明日へ向かう道を探していなかった。人生という誰が創り上げたかわからない道に生まれ、引っ張られたり追いかけたりしながらこれまでも進んでいったのだから、誰かがわたしを押してくれるだろうと確信してしまった。

“人生とは何か”、“生まれたという責任とは何か”については、答えを何度も白紙にしてきたけど、瞳に留まるものがある限り無視してもいい議題だと思ってしまった。


 家には購入してしまった本がある。人種差別と迫害を受けたアンネ・フランクさんについての伝記だった。自分とは全く関係がない事件ではない恐怖を抑えて読んでしまった。まだ、そうした戦争を扱った書籍を見つけたけれど、読めずに通り過ぎてしまった。真面目に“命の尊さ”や“戦争という歴史を重ねた人間として生きること”を考えたとしても、不器用過ぎるわたしには明日を見つけるのも難しい。


 「さようなら。」

 できる限り丁重な心持ちを携えて本を閉じた。

わたしもまた誰かを恋しいと思うし、わたしはわたしを見捨てることはできない。

生きるために自分へ与えたクリアファイルは中身の透けた新しい書籍のよう。なぜ、彼の芸能人を選んでFreeな仕組みを利用したのだろう。その解答もなしに前へは進めない。

“進まない”という“堅”意気地な心も見つけた。寸鉄、“それは罪なのか?”と自問したけれど、日差しは今日も無料(ただ)だった。


 学校を辞める頃には、クリアファイルを下敷きにした形跡さえ消した。

愛情を持ったらしい記憶は今も確かに残っていて、震える心は、いしだ壱成さんがどのようにご活躍しているかを検索させる。“結婚したらしい”

胸を撫でおろす理屈も自分で決めていた。正しいかどうかは誰もわたしには言わない。


“こんにちは”、“ありがとうございます”今の瞬間はそうした言葉しか結べない。

“コミュニケーションについて悩んでみました。回答は社会を否定できないところから生じました。投げやりな心で寂しさを感じたとしても一人では生きていけないことは事実なので、関わりのある人とのコミュニケーションは丁寧にしようと試みています。恋心とは何かについては求めようもない事案なので深く創造はしませんが、人に心惹かれるということは今もまだわたしを歩かせているようです。他人という概念や職業の違いとは何でしょう?身近な人への複雑な心を後回しにするわたしは何を企んでいるのでしょう?そうした、自分ではない人には直接関係のない事柄を、伝えないのはわたしの性格らしいです。”


拝啓のない手紙に結びもつかないらしい。

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