組み手

 あいつのことはよく知らない。組み手をしただけで唐津風の関係者かどうかもわからない。ただ、幻を見せられたかのような流麗な運足だけは覚えている。


 「お久し振りです、師範。」

 あいつは夏生に挨拶をした。

 「元気そうだな。組み手でもしていくか。」

 金髪で細身の体。少なくとも胴着の上からでは体の厚みはわからなかった。その程度の筋肉しか持ち合わせていない、ということでもある。

 「今日は俺じゃなくこいつが組み手の指導をする。誰でもいいか。そこのお前がやれ。」

 夏生師範が隣の奴を指差した。あいつは既にこちらを向いて立っている。妙に道に入った立ち姿だった。

 「お願いします!」

 指名された奴は礼をし構えた。いざ試合が始まろうとした時に俺は動いた。


 俺は向かい合った二人の間に飛び込み、胴回し回転蹴りを放つ。あいつは半歩下がり紙一重でかわす。空かされた蹴りの勢いを殺さずもう一度蹴りを放つ。奇襲による2撃目の蹴りこそ本命だ。

 しかし、2撃目の蹴りも空かされた。あいつは半身を反らすことでかわしたのだ。勢いを殺さず回転受けを取り、四つん這いの格好であいつと向かい合う。つかさずタックルを決めにいった。

 捕らえた、と俺は思った。あいつは膝で反撃する素振りも見せない。しかしまた、捕らえようとした腕は空を切る。あいつは俺の背後に回っていた。後頭部を肘で押し当てられ顔面から落とされた。俺は治療室に運ばれた。


 「夏生先生、あいつは何なんですか?」

 治療室に出向いて来た夏生に俺は質問した。

 「武を体現するもの、かもな。」

 とんちんかんな返答がかえって来た。もう少し具体的な答えを期待したのだが。

 「それにしても損な役をやらせてくれましたね。特に最後のはなんですか。タックルが空かされるなんて初めてですよ。」

 「あれはお前が下手なんだよ。あいつは前進してかわしただけだ。まあ、距離感を惑わす技術は使ってたようだけどな。」

 完全に打ち負かされた。くやしさより清々しさが勝る。

 「あいつなら今度の大会で勝てる。確信できたよ、ありがとう。」

 夏生の企みは知らない。あいつが負ける姿を想像してみたが出来なかった。

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