僕らが知っているあの人について

あきかん

煙草

 あの人とは喫煙所で話しただけだ。しかし、忘れることはないだろう。あの人の横顔は今も鮮明に思い浮かぶ。


 梅雨の時期のジメジメとした空気は衣服を肌に張り付かせる。仕事の中休憩の時に近く喫煙所へと足を運んだ。

 「この時期はかったるいな。」

 「そうですね。煙草を吸うのだって雨に濡れるし。」

 誰もいないと思い独り言を呟いたつもりだったが思わぬ返答に気が動転した。

 「あ、どうも。」

 空返事をしながら相手をみた。紫煙を燻らせる横顔。金髪に碧眼。長いまつ毛に切れ長の目。煙を吹き出す唇は厚みをおび艶やかに濡れていた。

 あの人は目を流し片手を上げて挨拶をしてきた。ロンティーにジーンズのラフな格好ですら気品を感じる。胸が高鳴るのが聴こえた。


 また次の日もあの喫煙所へと足を向けた。あの人はいない。しとしとと雨が降る。取って付けたような庇から水が滴る。

 「何をやってんだか。」

 缶珈琲の口を開けた。一口飲み煙草に火を着けた。

 「またお会いしましたね。」

 気がついたらあの人は喫煙所にいた。ジメジメとした空気が何処かへ消えていったきがした。

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