第60話 最後の休暇
次の日、起きて来るなり千景は僕の部屋に入ってきた。
「凛兄! まだ行かないの? 早く行きましょうよ」
今はまだ朝の七時だ。こんな早くにアミューズメントパークに行った所で営業などしておらず入れないじゃないか。
「何を言っているの? 開園と同時に入場して思う存分楽しむのが良いんじゃない」
千景が早く行こうと騒いでいると神前がベッドから起き上がった。
「こんな朝早くから騒がしいわね。寝て居られないじゃない」
ベッドから起き上がった神前の髪の毛はぐちゃぐちゃになっており、普段の神前では決してみられないような姿になっている。
「礼華お姉ちゃん起きたんだ。おはよー。礼華お姉ちゃんも早く準備してよ」
神前にまで早く出かけるように言う千景だが、神前はまだ眠たいのか大して反応を見せない。
「もう! 礼華お姉ちゃんしっかりしてよ。お風呂に入れば目が覚めるわね。私が一緒に入ってあげるから」
「ちょっ! 起きた! 起きたから! お風呂には一人で入るから!」
千景は神前を引っ張ってお風呂に行ってしまった。本当に朝から騒がしい奴だ。
その気持ちも分からないでもないけどな。魔女たちと一緒に遊びに行けるなんてこれが最後になるかもしれないし。
僕は一人取り残されてしまった澤水さんを誘って朝食を食べるために下に降りて行く。
朝食を摂っているとお風呂から上がってきた。
神前の髪の毛はしっかりとセットされており、表情も普段の神前になっていた。
アミューズメントパークに行くのは良いのだが、その前に澤水さんを家に送って行った方が良いだろう。ちょうど方向は同じだし。
「じゃあ、私は先に家に帰って準備してくるわ。待ち合わせは駅で良い?」
神前は一度家に帰ってから準備して合流するようだ。
一日や二日同じ服を着ていても良いと思うのだが、そうはいかないようだ。
「汚れた服で遊びに行くなんて嫌よ。着替えてくるだけだからそんな時間かからないし」
倉庫で座ったりしたから神前のスカートには汚れが付いている。
それぐらいなら僕はまったく気にしないのだが女性は大変だ。
神前は朝食を手早く片付けるとすぐに家に帰って行ってしまった。一緒に行った方が良いのだろうかとも思ったのだが、この時間だし教団は倒してしまったので一人でも大丈夫だろう。
朝食を摂り終えた後、澤水さんを家に送り届け、そのまま駅へと向かう。
アミューズメントパークは僕たちの住んでいる街から電車で五駅ほど行った所にあるので、神前とも駅で待ち合わせる事にしてある。
暫くすると神前が現れたのだが、いつもよりオシャレをしているのが気になった。
「そんなの女性なんだから当然でしょ。そ、それよりもどうかな? おかしくない?」
照れながら聞いてくる神前だけど、生憎僕には神前の格好が良いのかどうか判断が付かない。
『こういう時は兎に角褒めておけばいいのよ。気まずい雰囲気で遊びになんて行けないでしょ』
確かにフォルテュナの言う通りだ。ここで神前の機嫌を損ねてしまったら折角遊びに行くのに台無しになってしまう。
だが、女性の服装を褒めた事なんて一度もない僕にはどう褒めて良いのか分からない。
『何かあるでしょ? ネックレスが可愛いとか、洋服が似合っているとか。何でも良いから思った事を言えば良いのよ』
そうか。そんな事で良いんだ。それなら僕にもできそうだ。
「よ、良く似合っていると思う。白を基調とした服だから不意にパンツが見えたら映えると思うよ」
サムズアップする僕の頬が痛みと共に腫れ上がった。
おかしい。正直に思った事を伝えたえれば良いってフォルテュナが言っていたからそのまま言っただけなのに。
『そんな事言って女性が喜ぶと思っている所が凄いわね。まあ、良いわ。早く行きましょ』
何が悪かったのか分からないまま、フォルテュナに促され、僕はアミューズメントパークに向かうために電車に乗り込む。
「何これ! 凄いわ。動いてないのに勝手に景色が動いてる」
電車に初めて乗るのだろうかフォルテュナは車窓から見える風景に興奮している。
「エヴァレットたちは電車に乗った事がなかったの?」
「初めて」
「知識としては知っていたけど乗るのは初めてね」
どうやらフォルテュナだけでなくエヴァレットもメルヴィナも電車に乗るのは初めてのようだ。
この魔女たちが生きて居た頃にも電車自体はあったかもしれないけど、ここまで気軽に乗れる乗り物じゃなかっただろうからな。
はしゃぐフォルテュナたちには悪いが目的の駅に着いてしまった。
アミューズメントパークにはジェットコースターやお化け屋敷などいろいろな施設があるが、夏休みと言う事もあり結構行列ができている。
「コーリン、あそこ! あそこに行きましょう!!」
フォルテュナが指を向ける先にはジェットコースターがあり、どうやらそれに乗りたいようだ。
「それじゃあ、私たちは向こうの方に行くわね」
「凛兄。私たちはあっちに行ってくる」
神前と千景も各々魔女の乗りたい物、見たい物の所に行くため別々に行動をする事になった。
さて、僕もフォルテュナが乗りたいと言ったジェットコースターの所に並びに行くか。
正直言うとジェットコースターはあまり得意ではないのだが、楽しんでもらうために我慢するとしよう。
「アハハハハッ! 凄い! 凄い! 面白い!」
ジェットコースターに乗って喜ぶフォルテュナだが、これが五回目だ。
「もう一回! もう一回乗りましょうよ」
今日はフォルテュナに喜んでもらうためなのだが、五回もジェットコースターに乗ると気持ち悪くなってきた。
すでにお昼の時間も過ぎているので、休憩も兼ねて一度お店で休む事を提案すると、
「仕方がないわね。休憩が終わったらもう一度乗るからね」
まだまだジェットコースターに乗るつもりのフォルテュナだが休憩の許可をくれた。
アミューズメントパーク内にある飲食店はお昼を過ぎた時間でも混んでいたのだが、何とか席を確保する事ができた。
料理を注文して席でぐったりしていると、急にお店に大勢の人が入ってきた。その人たちは一様に濡れており、外を見るといつの間にか凄い雨が降っていた。
「どうやらゲリラ豪雨ってのが降って来たみたいね。エヴァレットが近くにいるみたいだからこっちに来るそうよ」
僕たちはちょうどいいタイミングでお店に入ったようだな。神前はこちらに避難してくるとして千景は大丈夫なのだろうか。
「メルヴィナは屋内の施設にいるらしいから雨が止むまではそこに居るらしいわよ」
雨を避けられるところにいるなら良かった。
そんな事を話していると雨に濡れてびしょ濡れになってしまった神前がお店に入ってきた。
手を上げて神前に僕の居る位置を知らせると神前は気付いたようで僕の席の所までやって来た。
「もう! 雨が降るなんて天気予報で言ってなかったじゃない。おかげで服がびしょ濡れよ!」
文句を言いつつ、席に付いた神前は急いでタオルをバッグから取り出し濡れてしまった髪や洋服を拭いているが、白を基調とした洋服は雨に濡れて水色の下着が透けてしまっている。
神前の事は前から可愛いとは思っていたが、雨に濡れて髪から水滴が滴り落ちる姿は今までよりも魅力的に思えた。
「どうしたのよ。私の事じっと見て。……って下着が透けてるじゃない! そんなに見ないでよ!」
顔を真っ赤にして急いで胸の辺りを隠す神前だが、神前ってこんなに可愛かったっけ?
「何よ黙りこくって。どうせ見えたのがパンツじゃないのを残念がっているんでしょ」
いたずらっぽい笑顔を向けてくる神前だが、そう言えばパンツが見えた訳じゃないのにこんな気持ちになるのは初めてだな。
何だ? この気分は。神前の顔をちゃんと見る事ができないぞ。
「それにしても止まないわね。折角エヴァレットたちと遊びに来たって言うのに……」
机に頬杖をついて外をぼんやりと見つめる神前の周りは店の喧騒が消えてしまったように穏やかな空気が流れている。
その空気は僕を落ち着いた気持ちにさせ、ジェットコースターで気持ちの悪かった気分も消えてしまった。
もしかして僕は神前の事が好きになってしまったんじゃないだろうか。
この気持ちが本当にそうなのか分からないが、確実に言えるのは今の僕は神前から目が離せなくなってしまっている。
「どうやら小雨になって来たみたい。これならもうお店にいる必要もないわね。じゃあ、私たちはもう少し見て回って来るわ」
笑顔で手を振って神前はお店を出て行ってしまった。
何か話をしておけば良かったと少し後悔するが、僕たちももう少し見て回るとするか。フォルテュナには悪いがジェットコースターに乗るのは後一回にして貰おう。
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