第51話 良い魔女

 昨日の夜、礼華お姉ちゃんに恋愛成就の方法を送信した後、私はもっといい方法がないかなって考えていたら寝るのが遅くなってしまった。

 おかげで部活に行くまでの道中が眠たい。私は水泳部に入っているので、夏休みでも部活がある時はこうやって学校に行くのだ。

 礼華お姉ちゃんは最初は私の案を良いと言ってくれたのだけど、最後には返信がなくなってしまった。


「それはそうよ。崖に行って付き合ってくれなかった飛び降りるって有り得ないわよ」


 メルヴィナが呆れたような感じで言ってくるが私は良い案だと思うんだけど。


「私が男だったらそんな事されたら百パーセント引くわね」


 そうなのかなぁ。私は「待て待て」ってなって付き合っちゃうんだけど。


「千景は少しおかしいのよ。私もいろいろな人間を見てきたけど、その中でも変わった人間の部類に入るわ」


 それはいくらなんでも言い過ぎでしょ。多少は変わっているかなって思う所もない事はないけど、それでも普通の人の部類に入ると思う。


「じゃあ、質問してあげるわ。千景の好きな物は?」


「凛兄」


「千景の好きな食べ物は?」


「凛兄の食べ残した人参」


「千景の趣味は?」


「凛兄にパンツを見られる事」


「十分変わっているわよ」


 えっ! どうして? 普通の回答をしただけじゃない。これで変人呼ばわり何て納得いかないわ


「私の知っている変わった人もみんな千景とおんなじことを言っていたわ。『私はおかしなことを言ってない』ってね」


 へぇー。昔の偉人も私と同じような考え方をしていたのか。


「変わった人が偉人なんて一言も言ってないわよ」


 でも、偉人ってだいたい変わっている人でしょ? それなら変わった人は偉人って事でも良いんじゃない?


「それを言ったら魔女を持っている人は変わった人が多いから変わった人は魔女を持っているって事になるわよ」


 そうか。魔女を探したいのなら変わった人を探せばいいんだ。

 私の周りで変わった人って言うと……凛兄しか思いつかない……。


「あの人は特別よね。生まれる時代が違っていたら本当に何かを成し遂げていたとさえ思えるもの」


 メルヴィナも凛兄の魅力に気が付いたみたいね。

 でも、凛兄は渡さないわよ。礼華お姉ちゃんだけが特別なんだから。


「くれるって言われてもいらないわ」


 良かった。自分の持っている魔女と恋敵になるなんてやりにくくなる所だった。

 そんな話をしながら歩いていると、急に人の叫び声が聞こえてきた。


「落ちてくるぞ! 逃げろ!」


 私がそちらの方に顔を向けると、礼華お姉ちゃんと一緒に戦った工事現場から鉄骨が落ちてくるのが見えた。

 下には小学校低学年ぐらいの子供がいて、鉄骨が落ちてきているのに気付いていないみたいだ。

 危ない。そう思った私はメルヴィナに魔法を使うようにお願いするけど、私たちが魔法を使う事はなかった。



草原の鎌鼬ウェンスール!!』



 私以外の誰かが使った魔法で鉄骨が吹き飛ばされ、子供に当たる事はなかったからだ。

 もしかして凛兄や礼華お姉ちゃんが近くに居て魔法を使ってくれたのかと思い、周囲を探してみるけど、凛兄たちの姿はどこにもない。

 その代わり鉄骨が有った方に手を向けている女性の姿があった。その女性は同じ市内にある私と違う中学の制服を着ていた。


「どうやらあの子が魔法を使ったみたいね。魔女を持っているのは間違いないでしょうね」


 こんな所で魔女を持っている人を見つけてしまった。凛兄に連絡した方が良いんだろうか。

 だけど、凛兄にあんまり他の女性を見せたくないんだよなぁ。パンツを見るだけで相手の事が好きになりそうだし。

 私は凛兄に連絡する事なく、その女性の所に近づいて行き、声を掛ける事にした。


「ねぇ、あなた。ちょっと良いかしら?」


 周囲にいる人は子供が助かった事でそちらに集中していてこちらを向いている人はいない。

 私に急に声を掛けられた事でびっくりした女子中学生は慌ててスマホをポケットに仕舞った。


「私に何か用? あなたのその制服。南中の制服よね?」


 明らかに警戒しているのが分かる。

 それならと思って私は自分のスマホを女性の方に見せた。


「魔女? あなたも魔女を持っているの?」


 私が魔女を見せた事で女性は小戸解いたような顔をしている。

 ここでは人が多いし騒がしいので、どこかゆっくり話せる所に移動する事を提案すると女性も同意してくれた。


 私たちは凛兄がいつも使っている喫茶店に入った。凛兄がノーパンウエイトレスさんと呼んでいるウエイトレスさんはいないようだ。いつ行っても居るって言っていたのに今日は休みなんでしょうか?

 違うウエイトレスさんに案内され、私たちは向かい合うようにして座るとまずは自己紹介をする事にする。


「私は澤水さわみず 翠扇すいせん。そしてこの子が私の魔女のメルタよ」


 澤水さんは私にスマホを向けて自己紹介と共に魔女のメルタを紹介してくれた。

 メルタは非常に礼儀正しい魔女で、スマホの中から腰を折って挨拶をしてきたので、思わず私もぺこりと頭を下げてしまった。


「千景さんも魔女を持っていたなんて驚いたわ。私の周りで魔女を持っている人なんて誰も居なかったもの。ちょっと嬉しい」


 それは私も同じだ。凛兄や礼華お姉ちゃんが魔女を持っているって知るまで私も不安で仕方なかったから。

 だから他に魔女を持っている人が分かるのは非常に嬉しいものだ。

 だけど、私は澤水さんに言わなければならない。魔女を削除してくださいと。


「どうしていきなりそんな事を言うの? 魔女を持っている者同士、折角仲良くなれるかもって思ったのに。それに私は魔女を悪い事には使ってないわ」


 確かに魔女を悪い事に使っているようには見えない。だけど、魔女は持っているだけで危険なのだ。凛兄の受け売りだけど。


「それじゃあ、どうして千景さんは魔女を持っているの? 自分は魔女を持っていて人の魔女を削除しろって都合がよすぎない?」


 うっ。それを言われるとちょっと弱い。でもでも、私はすべてが終わったらちゃんと魔女を削除するし。


「そんなの今あったばかりの人に言われても信じられる訳ないじゃない。こんな話なら私は帰らせてもらうわ」


 澤水さんは注文したオレンジジュースが来る前に席を立ってしまった。

 まあ、分からないでもない気がする。私だっていきなり現れた人にメルヴィナを削除しろって言われたら拒否しちゃうもの。


「だけど、魔女を持っているって分かった以上、放っておく訳にはいかないわね」


 そうよね。こんな所で挫けてはいられないわよね。

 澤水さんの制服は西中の制服だった。それなら友達がいるので早速、西中の友達に連絡をしてみる。

 暫くすると友達から返信があった。どうやら澤水さんの事を知っているようで、大体どこに住んでいるのか教えてくれた。


「すぐに行くの?」


 メルヴィナの問に私は首を振って答える。今話したばかりで興奮している状態でもう一度話しても結果は同じでしょう。

 それなら一日待って落ち着いた所でもう一度話した方が良いと思う。


「確かにね。今話しに行ってもまた私を削除しろって言って自分の魔女を削除する気はしないものね」


 そうか。澤水さんに魔女を削除しろって言うから駄目なのか。

 澤水さんも私たちと一緒に他の人の魔女を削除するのを手伝って貰えば良いんじゃないのかな。


「それですべてが終わった後に自分の魔女を削除してくれるかしら? あの様子だと絶対に削除しそうになかったんだけど」


 さっきの感じだとそう思えるわよね。

 可能性は低いかもしれないけど、まずはちゃんと話してみてからかな。

 私は一日待って澤水さんの家に行ってみる事にした。

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