第52話 澤水さんの説得
私は教えられた情報を元に澤水さんの家に行ってみた。
澤水さんの家は案外すんなりと見つかったのだけど、いざとなるとなかなかチャイムを押す事ができない。
「早くチャイム押しなさいよ。こんな所でボーっとしていても何も始まらないわよ」
そんな事言われても、昨日いろいろ考えたけど結局いい説得の言葉は浮かんでこなかったのだ。
こんな状態で話をして澤水さんは魔女を削除してくれるのか心配になってしまって呼び出す勇気が出てこない。
「あら? 私の家に何か用ですか?」
誰か出てくるなら家からだと思っていた私は後ろからかけられた声に驚いてしまった。
振り向いた私の前にはコンビニの袋を手に持った女性が立っていた。
私の家って言う内容から澤水さんのお姉さんでしょうか。
「ご上手ね。私は翠扇の母親ですよ」
マジですか。私のお母さんも年齢に比べれば若いと思うけど、澤水さんのお母さんは礼華お姉ちゃんと同い年と言っても通じそうなほど若かった。
世の中間違っている。こんな若く見える人が中学生にもなる子供がいるなんて。澤水さんと仲良くなったらお母さんとも仲良くなって若さの秘訣を聞き出さなければ。
「ごめんなさいね。翠扇は今外に出ていてすぐに戻ってくると思うから家の中で待っていて」
私は強引に家の中に連れ込まれてしまった。
確かに炎天下の中、外で待っているよりは家の中に居た方が私も助かるので、お言葉に甘えて家に上がり込んでしまった。
澤水さんの家は言い方は悪いかもしれないけれど普通の家って感じがしてちょっと落ち着く。
お母さんが氷の入った麦茶を持って来てくれたお母さんは私の前に座った。
「翠扇の友達が家に来てくれるなんて嬉しいわ。あの子友達が少なくて心配していたのよ」
そうなんだ。話した時は結構普通な感じがしたんだけど、あんまり友達がいないんだ。
それだったら私が友達になっても良いかな。お母さんの若さの秘訣を聞き出すためにも。
「そうしてくれると嬉しいわ。責任感は強い子なんだけど、それが友達が少ない原因なのかしら」
責任感って言うより正義感って感じかな。魔女を持っているからと言って咄嗟に子供を助けたりなんて事はなかなかできないもの。
「学校では翠扇はどんな様子? 他にも友達はいそう?」
そうか。お母さんは私の事を同じ学校の友達と思っているのか。
別に隠す事もないので、私は同じ学校ではないと伝える。
「千景ちゃんは違う学校なんだ。それじゃあ翠扇が学校でどうなのかって言うのは分からないわよね」
お母さんは私が違う学校だと分かって少し寂しそうな表情を見せてきた。
お母さんの寂しそうな表情は見ている私も辛い。なので、友達から聞いた澤水さんの学校の様子をお母さんに教えてあげる事にした。
「やっぱり浮いているみたいね。良い子なんだけど……。千景ちゃんはこれからも翠扇と友達でいてくれるの?」
一瞬返答に困ってしまった。私としてはそのまま友達でいたいとは思っているのだけど、魔女を削除してしまってそのまま友達でいてくれるかどうか。
「ただいまー」
その時、玄関から声が聞こえた。どうやら澤水さんが帰ってきたようだ。
お母さんが玄関まで澤水さんを迎えに行くと声が聞こえてきた。
「友達? 呼んだ覚えなんてないわよ。どうして勝手に家に入れるのよ」
耳が痛い。私も家にまで入り込むつもりはなかったんだけど、お母さんに連れられて入ってしまっただけなのだ。
お母さんが澤水さんをなだめながらこちらに戻ってくる。
「一体誰よ。勝手に人の家まで上がり込んで」
私は澤水さんの方を向くと軽く手を振ってみた。あぁ、この表情。怒っているのが分かる。
「あなたは昨日の。家まで入り込んできたの?」
そう言われると恐縮してしまう。家にまで入り込むつもりはなかったんだけどね。流れでつい。
「はぁ、ここでは話ずらいから外で話しましょ」
お母さんの「またいらしてね」と言う見送りを受けながら澤水さんと一緒に外に出る。
良いお母さんだったな。もっと仲良くなって若さの秘訣を聞き出したいのだけど、今は澤水さんの方が先だ。
私は澤水さんに連れられて近くの公園にやって来た。
「ここなら大丈夫ね。あなたどういうつもりよ。人の家まで来るなんて非常識じゃない?」
そう言われても同じ学校って訳じゃないから家にでも行かないと会えないし。
「それにしても家に上がり込むなんておかしいわよ。どこまで図々しいの?」
それは申し訳ないと思う。思うのだけど、そこまで何度も言わなくても良いじゃない。
何度も非難される事に段々と私も腹が立ってきた。でも、ここまで来てまた話を聞いて貰えないのは痛いのでグッと我慢する。
「友達でも何でもないのに友達面して良く言うわ。そう言うのが一番嫌なの。もう本当に付きまとわないで!」
うーん。困ったなぁ。魔女の話をしに来たのにその前の段階で躓いてしまっている。
それにしても暑いなぁ。そのせいで澤水さんも少しエスカレートしてしまっているのかもしれない。
ここは落ち着いて話をして貰うためジュースでも飲みながら話をしようと提案してみる。
「ジュース? そんな物要らないわよ! 話がないなら私は帰らせてもらうわよ!」
財布を取り出してジュースを買いに行こうとしたのだけど、慌てて澤水さんを引き留める。
「おや? お嬢さん。あなた魔女を持っていますね?」
澤水さんを引き留めている所に後ろから壮年の男性に声を掛けられてしまった。
今取り込み中だから声を掛けない……えっ!? 今この男性、魔女って言ったわよね?
夏だと言うのにロングコートを羽織っている男性は汗一つかいておらず、何か嫌な感じのする男性だった。
それに私は今、スマホをポケットの中に入れているのだ。どうして私が魔女を持っているって分かったんだろう。
「そのスマホから出る禍々しい雰囲気を感じられればすぐに分かる。おや? あちらの女性も魔女を持っているのかな?」
澤水さんの持っている魔女にも反応できるのか。
「逃げて!」
私の声よりも早く男は澤水さんの方に向かっていた。
レメイと同じぐらいの速さ。いや、それよりも速いかもしれない。
澤水さんは何が起こっているのか分からず、その場に留まってしまっている。
それでも、澤水さんは何とか魔法を使おうと思って男に手を向けるけど、すでに遅かった。
澤水さんの持っていたスマホを弾き飛ばすと、澤水さんは魔法が使えなくなってしまった。
「助けて!」
その声に私はメルヴィナに魔法を使うようにお願いする。
『
澤水さんに当たらないように調整した魔法が男に飛んでいくけど、軽々と躱されてしまった。
どうして後ろから攻撃したのに避けられるのよ!
「後もう一人。その魔女も貰って行くぞ」
男は澤水さんのスマホを拾い上げ、ポケットに仕舞うと今度は私の方に向かってきた。
兎に角、澤水さんでも逃がさないと。私は狙いを男から澤水さんに変更する。
別に素直に私にスマホを渡さなかったから腹いせに魔法を当ててやると思っている訳ではない。
『
澤水さんの体は風に押され、公園から飛び出していった。
これで少しは時間が稼げる。そう思った私の腹部に強烈な痛みが走った。
私がゆっくりと痛みのする方を見ると、男の拳が私の鳩尾に深々と突き刺さっていた。
「千景!!」
メルヴィナから聞こえてきた声が私の聞いた最後の声になった。
薄れゆく意識の中、私は「凛兄」と声にしたのだけど、その声が出たかどうかは分からない。
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