第38話 妹

 私が逃げるのを諦め、目を瞑って体を固くしていると魔法を使う声がした。



燭台の紅焔イグレア!!』



 その声に驚き、目を開けるとレメイは私から離れ、距離を取って魔法を使った人物の方を睨みつけている。

 どうやら私は何とか命拾いをしたみたいだ。

 魔法を使って私を助けてくれる人物は紅凛に違いないと思い、魔法が使われた方を見るとそこに立っていたのは紅凛ではなかった。


「礼華お姉ちゃん。大丈夫?」


 あまりに予想外の人物に私は驚いて開いた口が塞がらなかった。

 魔法を使って私を助けてくれたのは紅凛の妹のちーちゃんだった。

 どうしてこんな所にちーちゃんが? どうしてちーちゃんが魔法を? どうしてちーちゃんが魔女を?

 いろいろな疑問が私の頭の中を駆け巡る。エヴァレットにしてもちーちゃんにしても私の知らない事をするから頭がぐちゃぐちゃ。


「礼華お姉ちゃん、しっかりして。まずはこの魔女を何とかするわよ」


 そうだ。優先順位を考えるのならレメイを何とかする事が最優先だ。分からない事は後からでも教えてもらおう。

 心強い援軍を得て、私はレメイの方に視線を向ける。


「チッ! 仲間かい。私は一人ずつゆっくりと殺していくのが楽しんだけどねぇ」


 レメイは本当に嫌そうな顔をしている。ちーちゃんがどれだけ戦えるのか知らないけど二人なら何とかなるかもしれない。

 ちーちゃんに視線を向けると私の思っている事を感じたのか、軽く頷いてくれた。



燭台の紅焔イグレア!!』



 ちーちゃんが魔法を使うのに合わせて私もエヴァレットにお願いして魔法を使う。



線条の不随コンキシス!!』



 ちーちゃんから出た炎がレメイを襲い、私から出た黒いロープのようなものがレメイの足を拘束する。

 私の魔法でレメイの動きを止めたのだけど、レメイは体を捻ってちーちゃんの攻撃を避けてしまった。

 だけど、二人での攻撃ならなんとか行けるかもしれない。そんな手ごたえが今の攻撃にはあった。


「今の状態じゃあ、魔女二人を相手は難しそうね。折角綺麗な血が見れると思ったんだけど、今日は諦めるとするわ」


 レメイは脚を拘束していたロープを強引に引き千切るとロープが霧散してしまった。


「逃がさないわよ! 礼華お姉ちゃんを虐める奴は絶対に許さない!」


 やだ、ちーちゃんが格好良い。もし、ちーちゃんが男だったら紅凛から乗り換えていたかもしれない。


「これでもかい?」



豊穣の飛礫ラピラス!!』



 レメイがちゃんとした魔法を使ったのを初めて見たような気がする。

 だけど、レメイの手から出た土の塊は私に当たる事なく、後ろにあった工事中にビルに当たってしまった。

 ん? これは狙いが外れたと思って良いのかな。


「礼華お姉ちゃん逃げて!」


 えっ!? どういう事?

 と思った瞬間、ビルの鉄骨が上から降ってきた。

 私が攻撃をして鉄骨を破壊したりして脆くなっていた所にレメイの魔法が当たりビルが崩れてしまったのだ。

 だけど、ビルが私の上に崩れてくると言う現実に私は足がすくんでしまって動く事ができない。本能的にその場に座り込み、頭を抱えるのが精一杯だ。

 ガンガンと鉄骨がぶつかり合う音が近づいて来る。もう駄目。偶然でも良いから私の居ない所に落ちて。



草原の鎌鼬ウェンスール!!』



 ちーちゃんから魔法を使う声が聞こえると、私の周囲を台風かと思えるほどの暴風が襲ってきた。

 しゃがんでいても風に押され、倒れてしまう。必死に地面にしがみ付いて風をやり過ごし、何とか耐える事ができたと思って立ち上がると私は一つの事に気が付いた。

 そう。私の上から落ちて来ていた鉄骨が私の周囲には一本も落ちていないのだ。


 どうやらちーちゃんは魔法を使って私の上から落ちて来ていた鉄骨を吹き飛ばしてくれたようだ。

 その証拠に鉄骨は私から離れた場所に地面に突き刺さっている。

 ボサボサになってしまった髪の毛を直しながら周囲を見回した私はレメイの姿が見えないのに気が付いた。


「逃げられちゃったね」


 ちーちゃんが周囲を警戒しながら私の所に寄って来てくれた。

 逃げられたのが悔しかったのか何時までもレメイの居た所を見るちーちゃんだけど、私は逃げられちゃったことより死ななかった事の方が嬉しい。

 それにしても突然ちーちゃんが現れたのは驚いた。


「驚いたのは私の方よ。何かおかしいなって思って来てみたら礼華お姉ちゃんが襲われているんだもん」


 あれ? レメイって結界を使っていたはずよね? 

 ビルの方を見ると結界が消えたためか元の状態に戻っており、何事もなかったように鉄骨をむき出しにして佇んでいる。


『人払いの魔法は魔女を持っている人には効きにくいから入って来たんじゃないのかな』


 なるほど。魔女は人間の範疇に入っていないって事か。それは喜ぶ事なのか悲しむ事なのか。


「それにしても礼華お姉ちゃんも魔女を持っていたんだね」


 私から言わせてもらえばちーちゃんも持っていたんだっていう事になる。

 そう言えば前に一緒にお風呂に入った時にアプリの調子がおかしいとか言っていたけど、もしかして魔女を召喚してしまったからおかしかったんでしょうか?

 あの時はサーバーを壊したからおかしいのかと思ってそうアドバイスしたんだけど、あの時ちゃんとちーちゃんのスマホを見ていれば魔女を持っているのを気付けたかもしれない。

 でもどうしよう。流石に知ってしまったらには紅凛にも言わないと拙いよね。


「えぇー。凛兄に言うのぉ。何か怒られそうで嫌だなぁ」


 そうは言っても魔女の事なんだから紅凛に言わない訳にはいかない。

 恋愛とかの話なら紅凛に言っても無駄だろうから言わないんだけどね。


「そうなの? 恋愛の話なら礼華お姉ちゃんは話を聞いてくれるの? 私、今好きな人がいるから誰かに相談に乗ってもらいたいなって思ってたんだ。」


 いや、私は恋愛の話なら紅凛に言わないと言っただけで恋愛相談に乗るとは……。


「えぇー。礼華お姉ちゃん相談に乗ってよ。誰にも相談できなかったんだもん」


 ちーちゃんがむくれてしまった。助けてく貰ったと言う事もあるし、恋愛相談ぐらいなら乗っても良いか。

 だけど、魔女の事を紅凛に言うのは別よ。


「チッ!」


 と舌打ちをして渋い顔をしたちーちゃんはすぐに私に笑顔を向けてきた。何か彼女の黒い所を見てしまったような気がする。

 ま、まあ良いわ。兎に角、紅凛に話をしなくちゃ。と言っても今日はもう遅い時間になってしまっている。

 このまま紅凛の家に行ってしまったら帰りが何時になるのか分からない。それは私のお小遣いがなくなるのと同義だ。

 紅凛には私から連絡する事にしてちーちゃんとは明日喫茶店でゆっくり話をすると言う事で今日は別れる事にした。


 手を振って笑顔で家に戻っていくちーちゃんと別れた私はエヴァレットに魔法の事を聞く事にした。


『あれは虚脱の人形エーブリという魔法で私の思い通りに体を動かしたりする魔法。だけど、度が過ぎるとレメイに操られた女性みたいになる』


 なるほど。あの魔法を何度もかけたり、ずっとかけていたりすると世里みたいに体も心も支配されてしまうのか。

 だから途中でエヴァレットは私の操作を止めた訳ね。


『そう。あれ以上やっていると体より心の方が危険だった』


 その辺りの加減は私には分からないのだけど、エヴァレットが言うのだからあれ以上、魔法がかかった状態だったら危なかったのでしょう。


『本来ならあの魔法を使っている時は他の魔法を使えないはず。だけどレメイは魔法を使ってきた』


 それはレメイの支配がかなり進んでいるって事でしょうか? そうなると世里を助け出すのは……。


『諦めた方が良い。助け出せたとしても廃人になっている可能性が高いし、誰が誰だか認識できない可能性が高い』


 そんな……。世里は何も悪い事をしていないのにどうして……。


『あの魔法はそう言う物。力を解放できるけど、その反動が大きすぎる』


 魔女はレメイのような人に害をなすような魔女ばかりな訳じゃないのはエヴァレットを見て居れば分かる。

 分かるけど、レメイのように人一人を壊してしまうような魔女がいる以上、やっぱり今の時代に魔女はいてはいけないのではないかと言う思いが私の中に沸いてくる。

 でも、実際にエヴァレットと別れるかと言われればそれも無理なような気がする。私は答えの出ない葛藤を抱きながら暗くなった道を歩いて家に帰った。

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