1-2. 灰に蝕まれいく世界

 もしもの時を考え、この手記を記す。

 受け継いだ者よ、敵を知り、そして何より己を知れ。

 その先に、希望は必ずある。


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 世界が今の状況になった、その全ての始まりは、空に現れた小さな”灰色の染み”だった。


 記録として最初に確認されたのはSNSにアップロードされた一枚の写真。だがこの時は日付が四月一日だった事もあって、この時はまともに取り合う者はいなかった。画像を加工したのだろう、と。


 しかし、それから二ヶ月、三ヶ月経つにつれて徐々に同じような”染み”を見たとの報告が増える。それはやはり空であったり、あるいは外洋の波間であり、そして山深い森の一画であったり。

 一連の報告に共通しているのは日本近辺の人里離れた場所。いずれも易々とは近付けぬ場所とあって、やはり真に受ける者は少なかった。


 状況が変わったのは、その年の十月。


 ある有名配信者が生配信中に噂の”灰色の染み”を見つけたのだ。偶然に。

 日頃からサバイバル系の動画や配信を行っている彼は、その日も山中でのキャンプ設営の様子を配信中であった。

 その当時多くの人がそうであったように、噂について否定的であった彼は配信中の雑談として噂の事を話題にしていた。


 だからこそ、視聴者は信じた。彼が”灰色の染み”を見つけた時の動揺ぶりも加わって。

 しかもその"染み"は、歩いて近付ける場所にある。


 彼は持ち前の警戒心と、それ以上の好奇心で”灰色の染み”に歩み寄って行く。

 灰色になっている一帯は、元は何があったのか分からない有り様だった。例えるなら、細かな灰だけで構成された砂漠。ネット上で報告されていたものとやや異なるそれを棒でつついてみたりしてから、彼は中へ一歩踏み入って――――、




 彼の配信は、そこで唐突に途切れる。


 


 彼の無事が確認されたのは、それから丸二日経ってからだった。

 視聴者が呼んだ山岳救助隊に保護された彼は、SNS上で短く呟く。


 灰の砂漠を見つけても絶対に中へ入るな、と。


 この事件を切欠に、インターネットを中心として加速度的に騒然となり始める。騒ぎに乗っかって、各種メディアでも専門家を自称する人々を招いて無責任に持論を並べ、また、時の政権も早い時期に異常事態として捉え、水面下で調査を始めた。


 しかし結局、何が起きているのか、原因は何なのか、分かる者は誰もいなかった。


 政府の調査によって、現象として分かった事は次の三つ。


 陸海空、場所を問わず発生すること。

 ”灰色の染み”には段階があること。

 そして、”灰色”の中ではエネルギーが喪失してしまうこと。


 場所を問わず発生することは、SNS上の数々の写真で示されている通り。恐らくは、空間そのものに異常が出ているのだと予想された。


 段階があることは、それらの写真を分析する内に分かった事。同じ場所を写したものでも、時間が経つ程に色味が失せ、全くの灰色に近付いていく。完全な灰色になる最終段階に至ると、陸地の場合は灰の降り積もった砂漠のようになってしまう。海や空の最終段階がどうなるのかは、未だ不明である。


 最も重大なのが、エネルギーの喪失。灰色に色褪せたものは、どれも本来の性質から劣化してしまうことが確認された。海なら流れが淀み、空なら横切った飛行機は失速する。植物は萎えて最終的には枯死し、分子間力までも失うのか石さえ脆く崩れる。陸地での最終段階が砂漠のようになっているのは、全てが崩れ去ってしまったが為だと思われる。

 また、段階が浅い内は長期に渡って滞在し続けなければ入っても特に影響は出ないが、一方、最終段階に至れば、外から入り込んだだけで急速にエネルギーを奪われるようになる。バッテリーなどは分かりやすく、”灰”の空間内に入った途端にみるみる充電が減っていく。これは生物でも例外は無く、例えば人間であれば、急激な疲労感、飢餓感、倦怠感に襲われ、満足に動けなくなる。留まり続ければ、間違いなく死んで灰となるだろう。




 日本政府はこれらの事態を重く見て、法令施行後始めての非常事態宣言を出す。一連の現象を『失色現象』と名付け、国連を通じて各国に情報共有を行った。

 その頃には、遠く地球の裏側でも『失色現象』が確認されるようになっていたからだ。


 都市部でも『失色現象』が見られる程侵食が進んでいた日本では、通信に不備が出ることも次第に増えていた。


 最終段階まで『失色現象』に侵された空間はエネルギーを失う。


 通信障害はその影響によるものと予想された。”灰色の空間”を通った電波や通信ケーブルの信号が減衰してしまうのだと。だが政府に調査を依頼された研究者達はその事を逆手に取って、どのエリアで『失色現象』が発生しているかを示す詳細なマップを作る事に成功した。




 出来上がったマップを見て、政府は戦慄する。




 地図上に描かれた『失色現象』の発生を示す塗りつぶしは、人の多く住む都市部を綺麗に丸く囲むように描かれていたからだ。さながら、始めから人類を分断するのが目的であったかの様に。


 この報告を受けるまで、『失色現象』は自然災害に類する現象だと考えられていた。発生箇所の法則性は見られなかったし、人為的に起こせるようなものではない、という思い込みもあった。


 だが、実際はどうか。


 塗り潰され地図からは何者かの意図、それも悪意に類するものが滲んでいる。


 政府は直ちに各国へ情報を送って警戒を呼び掛けると共に、考えられる最悪の事態に備えて全自衛隊員に対して第三種非常呼集を掛ける。加えて即応予備自衛官への召集もなされた。


 戦後以来最大と言われる程に、にわかに騒がしくなる日本列島。



 そんな最中に、とうとう奴等が現れたのだ。

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