灰のアルカンシエル
穂波じん
第一回 灰の世界で抗う者たち
1-1. 灰のかかった虹
「レインボーキックっ!!」
ビルに囲われた空間に
灰色の闇を一閃。
全身を強化外骨格フレームに覆われた男が宙で回転し、勢いを載せた
尾を引くのは風にたなびく虹のマフラー。そこから
衝突。激音。
しかし、それを受けた体長三メートルはある四つ腕の異形の人型――怪人は何の
「フハハハハ、どうしたアルカンシエル! 貴様の力はこんなものか!」
腹に響く声で怪人は笑い、その腕の一つをアルカンシエルと自ら呼んだ戦士へと振るった。
アルカンシエルは怪人の身体を足場に素早く身を
足と片腕を地面につけて勢いを殺し、見上げる。灰色の砂埃が舞った。
一方アルカンシエルの弾き返した
肉厚の体から伸びるのは、逞しく太い四本の腕と力強い尻尾。全身を覆うは金属質めいた艶めきを見せる鱗状の装甲で、槍を思わせる鋭い角が無数に突き出ている。
手足の指先からはカギ状の爪が鋭く生え揃い、爬虫類を思わせる暗い赤の瞳孔は揺るがぬ自信を湛えていた。
対するアルカンシエルはあまりに、あまりにみずぼらしい有様だった。
全身を防護する強化外骨格フレームはボロボロで、かつての
彼の首から流れる長いマフラーだけは往時のまま変わらずに虹色に煌めいていて、それすらも、左から流された片側が無残にも途中で引きちぎられていた。
「惨めなものだ、アルカンシエル。あれ程に我らを追い詰めた男とは思えぬ。
限界も近いのではないか?」
「ふっ、戦場で交わす言葉など無いのではなかったか、ガーベラよ」
いつかの言葉をそっくり返しつつ、アルカンシエルは体勢を整える。
ガーベラの指摘通り限界は近い。こうして対峙している間にも自身残された
だが、まだだ。
まだ、闘志は衰えていない。
まだ闘える。
「ふん、見てはおれんのよ。我らが仇敵たる貴様には、常に人間どもにとっての光り輝ける星であって貰わねば困るのだ。
その上で踏み
かつての力のことごとくを失った強敵を見据えて、ガーベラは吠える。闘争は互いの血と肉を削り合ってこそなのだ。
だが、今のアルカンシエルがガーベラに勝てる見込みは万に一つもない。
はっきり言って、ガーベラが手傷を負うかも怪しい。
だというのに。だというのに、だ。その瞳だけは、未だ諦めに色褪せる様子がない。
「いい加減認めてはどうだ。貴様は、失敗した。失敗したのだ!
見よ、この世界を! 貴様の愛する日本の姿を!」
ガーベラが四つある腕を大きく拡げて周囲を示す。一切の色を奪われ、灰色に染まった世界を。
「今やこの世界は、この世の
色失くした果ては、灰と崩れるか、石塊として砕けるのみ!
貴様の護る人間達も、命惜しさに続々と我らへ恭順しておるわ!」
そこで一度言葉を区切り、一本の腕をアルカンシエルへと突きつける。
「だのに、何故だ! 何故、貴様は独りで戦い続ける!
既に
ガーベラの咆哮に、アルカンシエルは強化外骨格の下で苦笑に口端を歪める。
「何故……か。何故だろうな。正直、私にもよく分からん。
だが、今も何処かで助けを求めている人々がいる。彼らを助けたいと、この胸が
だから、私が戦う目的としては、きっとそれで十分なのだろう」
「あの時、お前が求めた助けに応じなかった人間達に……、本当にその価値はあるのか?」
「それでもだ」
だが、それは奴の言う裏切りのせいではない。
アルカンシエルとして犯してしまった、彼自身の失敗のせいなのだ。
そう、人々の声に完璧に応えてきたアルカンシエルが犯した、たった一つの失敗。
彼がそれに気付いたのは、戦いに敗れてから随分経ってからの事だった。
わだかまる苦味を飲み下し、次の攻撃へ備えてアルカンシエルがガーベラを見据える。
「それに、お前は既に趨勢は決したと言ったが、私はそうは思わん。
今日、今このとき、指揮官たるお前さえ倒せば怪人達による最後の大攻勢は止められる。人類は、生き延びられる!」
「ふん、確かに貴様のせいで我々の戦力も壊滅状態ではある。『七彩将』も我を除けば半死半生の一体を残すのみ。
栄光の我らが『
ガーベラが腹立ちを紛らわせるように脚を強く踏みならす。
灰色の大地が脆くひび割れ、粉塵が舞った。
「だが、仮に我を
「私達が人間だからだ、ガーベラ。ふっ、言ってもお前には分かるまいがな。
いずれにせよ、何もしなければ私達人類はお前達に喰い尽くされ、滅びるのみ。ならば足掻くしかあるまい」
「その、ボロボロの体でか? 舐められたモノだ、アルカンシエル。
貴様がこの場で死ねば、同じ事であろうに。どうあっても、人間は滅びるのだ」
「確かに、今となってはお前に勝つことは難しいだろう。だが、私は負けんよ。負ける訳にはいかんのだ!
愛する者は全て失った私だが、信じ合う
この一戦が私達人類の
魂の震えるままに雄叫び、アルカンシエルは擦るように右足をズリ下げて戦いの構えを取った。
固く握られた拳から、欠けて割れた装甲の破片がはらはらと舞った。
「…………惜しいな」
しかし、ガーベラは敢えて構えようともせずに、ポツリとそう漏らした。
「なに?」
予想とことなるガーベラの動きに、アルカンシエルは
と、ずっと突きつけられていた怪人の拳が、
「一度だけ問う」
そうして語られたのは、
「我らの軍門に下れ、アルカンシエル。
貴様が下るならば、世界の半分を対価にしても良いと、我らが首領は仰せだ。
与えられた半分の世界で、貴様は人間達を護り続けるのだ」
「…………」
それは人間を護るために戦い続けてきたアルカンシエルにとって想像もしていなかった誘いだった。確かに、彼も、そして
一つボタンを掛け違えていれば、そういう事もあったやもしれない。
――――だが。
「く……ふ、ふ…………ははははははっ!!」
「何が可笑しいっ!」
こみ上げるおかしさをそのままに、アルカンシエルは笑う。
「他の誰よりも、そうなる事を望んでいないお前が言うのが、可笑しくてな」
「ぬっ」
「言うまでもない。私は、アルカンシエルはお前達『
例えこの身が灰と朽ちようとも、だ!」
「フハハハハ! 良いぞ! それでこそだ! それでこそ、我が好敵手よアルカンシエルっ!!
ここで貴様さえ
突如、ガーベラの豪腕が唸りを上げる。
アルカンシエルが素早く身をかわせば、虚空から投げ放たれた幾本もの真紅の槍が地面に突き立った。
「この戦いが最後となろう。故にこそ、改めて名乗り上げよう。
我は”真紅”のガーベラ。我ら『
名乗りに合わせるように突き立った槍が
「人類の守護者、アルカンシエル。虹を纏いし者。
お前を倒し、希望を明日へ繋いで見せる」
赤光に半身を照らされながら、アルカンシエルが応える。
一瞬の静寂。
動き出したのは、同時だった。
虹のマフラーを軌跡に、アルカンシエルが
「プリズミック・ブラスター!」
間隙を縫って青いエネルギー弾をアルカンシエルが放つ。赤と青が交錯し、幾つかはぶつかり合って宙空に紅蓮の大花を咲かす。
衝撃を隠れ
接近出来ぬままに次々と槍が突き立てられる。
やがてアルカンシエルの周囲は百花繚乱! 火炎の牢獄と化していた!
「終わりだ、アルカンシエル!」
ガーベラが吠え、一際巨大な槍の花束を炎獄の輪の中心へと放った。さらに次の攻撃へと流れるように移る。
これで終わるはずがないと、ガーベラは信じていたのだ。
右か!
左かっ!
果たして、想い通りに炎の中に影がゆらめき現れる。
――――ガーベラの眼前!
これは完全にガーベラの慮外の事態であった。
火勢をあえて弱くしたのは右方。対して正面はとりわけ壁を熱く厚くした場所。そこから現れる事だけは微塵も考えていなかった。
ガーベラの驚愕による一瞬の硬直を突いて、アルカンシエルが走る。
灰色だった強化外骨格が、今は赤々と熱を発している。
拳が振り抜かれ、硬質な音が響いた。
「貴様、どういうつもりだ。ただの拳で我は
「ふっ、ここからが、本番だっ!」
熱に焼かれてくぐもった声で、アルカンシエルが答える。同時に、二人を内側に取り込んで光の三角柱が立った!
「この身に
アルカンシエルのもう片腕がガーベラの肩を掴み、大地に固定する。
「ッ! 正面切ったのは、その為かっ!
馬鹿な、諸共に吹き飛ぶつもりかっ!?」
「そうだ! 言っただろう、私は負けん、と!」
「馬鹿なっ! 我を
時間稼ぎにすらならんぞ!」
「意味は、ある!」
「何故だ!? 何故言い切れるっ!?」
「言ったはずだ! 私達が、人間だからだっ!!」
三角柱の中で、無数の色が乱反射する。柱は回転しながら輝きを増し、徐々に高速に、その大きさを細めていく!
「例え今、この瞬間に私が倒れようとも!」
ガーベラが拘束から逃れようと身を
「後を継ぐ者は、必ず現れる!」
が、まるで巨岩を押し退けようとするかの如く、アルカンシエルは動かない!
「この世界に平和を、色を取り戻す者が、必ず!」
「ウオオオオオッ、アルカンシエルゥゥッ!!!」
――――光が、臨界に、達する!
「
輝きの三角柱が内部の二人諸共、一筋の光となって消えて――――、
一拍遅れて、極限まで圧縮された全てが開放された。
轟音と圧倒的な破壊と色の嵐が周囲に吹き荒れ、そして怪人の体を構成していた色鮮やかな花弁が一面に散り乱れる。
灰の世界を彩るは、真紅の花吹雪。
その中心には上半身を失った怪人と、灰色の石に成り果てた戦士だけが残されていた。
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