第14話 軍神出撃①ー3
景虎は胸元が大きく開いた南蛮渡来のドレスに身を包み、青の釉薬で片目を瞑る大黒様が描かれた、取手付き白磁器の取手を人差し指と親指で摘み、空いた手で受け皿を持って紅茶を嗜んでいた。
膝の上には雷獣が尻尾を振って座っている。
「ん~。いい匂い。日本茶とは違ってお花の香りが心地いいわ~」
景虎がロッキングチェアーで身を揺らしながら、薔薇の香りに酔いしれていると、慌ただしい足音が廊下に響いた。
「御免!」
野太い声と共に、障子が勢いよく開帳した。
甲冑の胴巻きに矢を突き刺した直江神五郎が、息を荒げたまま頭を垂れて景虎の前に現れた。
直江神五郎は、虎御前が幼い景虎に是非と晴景に頼み込んで付けて貰った重臣の一人だ。
神五郎は栃尾城代として春日山城の評定に出席していた。
「どうした、顔を上げよ」
景虎が只ならぬ神五郎の様子に語気を強めた。
神五郎は肩で息をしながら素早く顔を上げた。
景虎の胸元と腰周りが肌を見せ、辛うじてピンクのラメ生地で胸が隠されていた。
胸の中心から腰に向かって流れるシャーリングが景虎の妖艶さを引き立たせている。
景虎の異形な姿に神五郎は肝を潰して唖然とする。神五郎の大きく揺れる肩が凝固した。
「よい。気に致すな。どうしたのだ?」
景虎は威厳のある低い声で、目を見開く神五郎を制する。
呆気にとられていた神五郎が我に返り、声を荒げた。
「上杉定実様家老黒田秀忠様謀反!春日山城にて景康様、景房様討死!晴景様は直
のう
峰
みね
城まで命からがら落ち延ばれましたが、黒田軍勢い止まらず!春日山城落城も間近かと!」
「景保、景房両兄上が……」
景虎は脱力し膝を畳に打ち付けた。
景虎の瞳の奥で青白い焔が燃え、怒りに身を震わせた。
「おのれ、秀忠め!父上の御寵愛をうけた身でありながら、兄上たちおも」
戦慄
わなな
きながら立ち上がり、景虎は怒号を上げた。
「神五郎!三宝荒神形兜付朱皺漆紫糸素懸威具足を持てぇい!」
首から胸元にかけて鏤
ちりば
められた、宝石の砂塵が景虎の憤怒した顔を華やかに映した。
放生月毛に鞭を打ち、景虎は黒田秀忠の居城である黒滝城に向かった。
景虎の後を必死に追う神五郎達家臣との距離が見る間に引き離されていった。
「段蔵いるか!」
大きく揺れる馬上で景虎が叫んだ。
「は!」
頭上で段蔵の声がした。
段蔵は爆走する放生月毛の馬速に合わせて、木々を飛び移り、景虎の後を追っていた。
「秀忠の首を取る」
景虎は怒りで唇を震わせた。
「しかし、黒滝城は黒滝要害と言われるほどの城です。そう簡単には……」
段蔵が枝々を飛び移りながら、景虎に進言し掛けたところで、景虎はにやりと含み笑いを零した後、だらりと肩の力を抜いて、相好を崩した。
「だからぁ、段蔵さんにぃ。秀忠を城から出してもらおうかと思って」
「なんと!」
段蔵は驚いて声を裏返す。
「城攻めはこっちもあっちも被害が大きくなるじゃん。だから、秀忠だけ城から出てきてもらえたら、ラッキーじゃない」
「そりゃ、ラッキーだが」
段蔵が鼻に皺を寄せて声を曇らせる。
「段蔵さん、裏工作得意でしょ!」
景虎が努めて明るい声を投げた。
「得意だが……」
段蔵は困難な指令に難色を示した。
「がんば!」
景虎は手綱から手を放し、両手で拳を作って段蔵を鼓舞した。
「ちっ!わかったよ」
段蔵はちっと舌を打ち、景虎を追い越して黒滝城へ向かった。
段蔵がその気になったのを確かめると、すぐに前方に視線を移し、手綱をギュッと強く握り直して、「頼んだよ。段蔵さん」と、祈るように呟いた。
つづく
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