第12話 軍神出撃①-1
食欲は改善し、睡眠が取れるようになった景虎の肉体は、日に日に回復していった。
景虎は側近の直江神五郎に命じて、城内の質素倹約、領内の治安維持、野党の撃退と、忙殺の日々を過ごしていた。
そんな矢先、為景の死を機と見た反長尾派の豪族連合が反乱を企てた。
「景虎様」
段蔵が音も無く景虎の寝床に現われた。
「どうした?」
景虎は目を閉じたまま答えた。
「陽北衆、国人連合が我が城に向けて兵を挙げました」
重々しい空気を尾に引いて段蔵がいった。
「うむ」
景虎は威厳を漂わせて頷き、かっと目を見開いた。景虎はがばと布団を剥いで素早く正座し、段蔵と向い合った。
「段蔵さん、ど~うしよう。戦かな?」
景虎は目尻を下げ、情けない表情を浮かべて段蔵の黒装束の裾を掴んだ。
「おそらく。その数、八千。後一刻ほどで栃尾城は敵に包囲されるでしょう」
段蔵は落ち着いた様子で景虎に告げた。
「はっっせん!どーーーうすんの?うちは千ちょっと、ぐらいしかいないんだよ~」
景虎は掴んだ小袖を大きく引っ張って段蔵を揺さぶった。
段蔵の体は、右へ左へとされるがままに大きく舟を漕いだ。
「危機的状況だな」
段蔵は体を揺らされながら顔だけは平然として言った。
「だな。じゃないよ!どうしてそんなに普通なのさ。やばい、ヤバいって、全滅しちゃうよ、ぜってー!」
景虎の段蔵を揺らす手に力が籠る。
「全滅しちゃうかもな」
段蔵は変わらず平然と答えた。
「かもな。じゃないよ!軽い!軽いよ、段蔵さん!兄ちゃん達に伝令出そうか、伝令?!春日山からじゃ間に合わないか~」
「すまんが手を放して貰えないだろうか?少し吐き気を催してきた」
段蔵がうっと喉を鳴らして、景虎に訴えた。
「あっ!ゴメン!」
景虎はいつの間にか力一杯掴んでいた段蔵の小袖から両手を放した。
「四方を囲まれるは必至。援軍も期待できませぬ。この初陣、景虎様に武運が有れば、生き残り、無ければそれまで」
段蔵は静々と景虎に進言した。
「それまで、か」
景虎は感慨深げに空
くう
を見詰めた。
「それがしも死力を尽くさせて頂きます」
段蔵はそう言って姿を消した。
「段蔵!互いに命が有ればまた会おうぞ!」
一人残された景虎が寝床で叫ぶと、
「御意」
段蔵の姿なき声が闇に滲んだ。
景虎は床の間の刀台に手を掛け鬼斬り丸を掴んだ。
鬼斬り丸の柄を握り数寸ほど鞘から抜き身した。
すっと鞘から紫電を放って刃が顔を覗かせた。
「鬼斬り丸よ、義は我にあるか」
景虎はパチンと刃を鞘に納め、怒号を上げた。
「出陣じゃ!!具足を持てーーー!城から打って出る!」
景虎は愛馬の放生月毛に跨り、独り城門を飛び出して敵軍に突入した。
「殿がお一人で行ってしまわれたぞ!殿に続け!」
家臣の者たちが慌てて景虎に追随した。
景虎は自身に敵の目を引きつけて、自兵の損失を最小限に抑える作戦だった。
景虎が鬼斬り丸を鞘から抜くと、鬼斬り丸は青白い閃光を帯びて佇んだ。
「鬼斬り丸、思う存分生き血を吸うがよい!」
景虎が鬼斬り丸を翳すと、鬼斬り丸から放たれていた閃光が何間も伸び、たった一振りで無数の首が地を這った。
「ははははは!我は長尾景虎!名を上げたければ我を討つがよい!」
景虎の猛将振りは凄まじかった。
景虎が駆け抜けると、大地を埋め尽くす豪族連合軍に死体の山が築かれた。
景虎の鬼神の如き戦ぶりに恐れをなした豪族連合は、我先にと撤退し始めた。
てんでに逃げ回る敵兵を長尾の家臣たちが、背後から狩っていった。
景虎の一騎駆けにより自軍の損害殆どなく、数では圧倒的に不利だった豪族連合に完勝し、景虎は華々しく初陣を飾った。
つづく
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