第7話 夢か現実か

 杏奈の家は郊外の一戸建てで、1階のリビングにある大きなソファではいつも父がテレビを見ている。



「お父さんお願い。大学の近くで一人暮らしをさせて」


 杏奈は何度父に頼んだだろう。帰ってくる言葉はいつも同じだった。


「ダメだ。通えるところに家があるんだから、通いなさい」

「通えるって、片道2時間よ? バイトもできないし、友達と遊びに行くこともできないよ」

「お前は、大学に何をしに行っているんだ。学業に専念すればいいじゃないか。小遣いだってやってるだろう」

「学業にも支障が出るくらい疲れてるから言ってるの!」

「女の子の一人暮らしなんて、どうなるかわかったもんじゃない。嫁に行くまでは親の目の届くところにいるのが安全だ。とにかく、絶対だめだ!」

「そうよ。杏奈ちゃん。九州の大学に行った山田さんちの玲奈ちゃん、突然彼氏を連れて家に帰ってきて、『妊娠したから結婚したい』って。まだ18なのに。お母さん、そんなのいやよ」


母も父に賛成で、味方をしてくれない。


「私を信用してくれないの?」


 何度こんな口論をしただろう。杏奈の両親はとてもしつけに厳しかった。自由になりたくて独り暮らしをしようと、自宅からほどよく遠い大学を選んだつもりが、片道二時間を「通える距離」と一刀両断されてしまった。おまけに門限は21時である。


「お父さんもお母さんも大嫌い! 過労死したらどうするのよ!」


 二階の自分の部屋に駆け上がり、携帯を手に取った。待ち受け画面では大好きなジンが遠くを見ている。


「ジン、助けて。私をさらっていってよ」


 すると、携帯の中のジンが杏奈を見て微笑んだ。


「こっちにおいで」


 携帯の中からジンの手が伸びてきて、杏奈の手をつかんだ。


「キャー!」


 その瞬間、杏奈、あらためホミンは目を覚ました。目が覚めたのに、見慣れない家にいる。昨日来たユンシクの家だ。


(今見たのが夢? それとも今この瞬間が夢?)


 ホミンは布団に寝たままで家の中を見回した。なぜこんな事になったのか記憶をたどった。そうだ、ジンの家の前に倒れていたのだった。しかし、その前があったのを思い出した。そうだ、ジンの家に来る前。


 大学の帰りに買い物をしに繁華街へ行った。杏奈が信号を待っていると、おばさんに、道を尋ねられたので丁寧に教えてあげると、おばさんはお礼を言った後、信号待ちの間中、娘の出産で京都に来たとかなんとか話していた。その時、前方からバイクが走ってきたのだが、バイクの男は片手に携帯を持ったまま乗っていたので危ないと思っていたら、次の瞬間、そのバイクがマンホールの上ですべって、斜めに倒れながら、ものすごい勢いでこっちに向かって来たのだ!


「危ない!」


 杏奈はとっさにおばさんをつかんで身を翻した。そして、バランスを崩して倒れたところまでは覚えている。


 その後は覚えていない。気づいたら、あの場所にいた。


(あのおばさんは大丈夫だったのかな? まさか、私、死んだの? でも、ここは地獄とも極楽とも違うような気がする)


 現実離れしすぎているので、しばらくぼんやりしていた。いつまでたっても夢から覚めない。やっぱり死んだのだろうか? これが現実? しばらく布団の中であれこれ考えていた。そして、時間が経つにつれ、この世界にいるということに、だんだん恐怖を感じ始めた。もう、家に帰れないのではないかと不安になっていると、ユンシクが来た。







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