第5話 男として生きる

 どうせ夢だから、成り行きまかせでいいやと思った。普通なら男になんかついていかない。よりによってこんなわかりにくいポーカーフェイス、絶対お断りだ。しかし、なにせこの状況だ。頼るあてもない。


「俺の名前はユンシク。お前は?」

「杏奈」

「アンナ? お前、アメリカ人か?」

「日本人です! 高橋杏奈」


 若いのにおじさんみたいな発言をする人だと思った。


「ふーん、そうか。ところで杏奈、お前、何ができる? 実は、タダで飯を食わせるほど楽な暮らしはしていないから、お前にも働いてもらわないといけないけどな」


 まくし立てられるように話しかけられて、杏奈はおされ気味だった。実はお茶とお花と料理が得意だが、そんなことを言ったら、この男の思うつぼかもしれない。冷たそうなこの人の嫁にされたら困る。そこは苦手なことにしよう、と考えた。


「小説やイラストを描くのが得意です」


 これなら役に立たないから、嫁に欲しいとは思わないだろうと思って、そう答えた。杏奈はイラストや二次小説をネットのサイトに投稿している。実力はどうあれ、嘘ではない。


「ありがたい。俺は本を作ったり貸したりして生計を立てているんだ。お前、挿絵入りで物語を書いてくれないか? ラブストーリーが大人気なんだ」

「え? え?」


 思わぬ展開になってしまった。


「頼むよ」


 ユンシクは杏奈が返事をする前に腕をつかみ、門の中へ招き入れた。どうやらこの家に住んでいるようだ。


 杏奈はユンシクに違和感を感じた。腕をつかまれているけれど、あまり恐怖を感じなかったし、ユンシクは線が細すぎる。なにより、声があまり低くないのだ。


(もしかすると……もしそうだとしたら、安全だ。失礼かもしれないけど、どうせ夢だ。はっきりさせよう)


 杏奈は思い切って聞いてみた。


「あの〜、ユンシクさんは女ですか?」


 すると、ユンシクはバタンと大きな門を閉めて、冷ややかな視線を落とし、杏奈の耳元で囁いた。


「声が大きいよ。……そうだ。これは絶対秘密だからな」

「やっぱり!」

「それにしても、気づくのが早かったな。不思議だが、この時代の人たち、俺が女だってみんな気づかないんだ。むしろその方が不自然だと思うんだが、女が男装するなんて発想がないんだろうな。本当の名前は神田詩織っていうんだ。」


 本当に女だった。


「日本人なんですね」

「そうだ。この世界では、女は仕事を持てないし、差別されている。だから、男装しないと一人で生きていけない。俺たちが生きていた日本みたいに治安も良くない。だから、お前も男装した方がいいと思うよ」

「そうなんだ……」


 男装して生きるなんて、本当に韓流ドラマのような展開になってきた。こんな夢を見てしまうのはドラマの見過ぎかと思いながら、杏奈はユンシクについて行った。







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