Congraduation!

三河安城

Spring Spring

第1話 出会い

 和泉若菜いずみ わかなという彼女の名前には、初め聞き覚えはなかった。ただなんとなく、そういえば聞いたこともあるような、ないような、そんな具合の印象を受ける名前だった。


 5月。太陽を隠していた雲はいつの間にか姿を消してしまい、代わりに空は青色に輝いていた。そろそろ日陰に人が集まる季節である。


 というわけで、昼休み。僕は、担任から「校長が呼んでるから」と言われ、黙って校長室まで付いていくことになった。知らない人が僕のことを指差してニヤニヤしていた気もするが、そこまで僕の知名度は上がっていたのかと少し嬉しくなる。

 入学してまだ1か月なのに、我ながら快挙である。


 校長室は、自分の想像よりはるかに小さい部屋だった。

 ドアの真正面に、校長先生は座っていた。


 それから僕に告げたのは、この高校の伝説らしきものだった。しかし、僕はなにを言っているのかさっぱり分からなかったので、ちゃんと聞いていなかった。


『君にお願いしたいのは、彼女たちの保護だ』


 校長先生からそう言われてしまっては、断るわけにもいかない。そもそも話を聞いていないのだから。


『分かりました。この案件は、私式崎誠太郎におまかせください』


 名は体を表すとは言うけれど、いったいどんな人なのだろうか。和泉、若菜。そこから連想されるのは、おしとやかではかなげな、春の麗らかな少女であるが、はたして。


 校長室から戻ってくる通り道にあるベンチで、僕の腐れ縁こと笠木かさぎは昼の心地よい風を愉しんでいた。


「やっほ」

「あー、せーたろーか」

 首だけこちらに向けて、彼は応えた。

「呼び出し、なんだったんだ?」

「あー、よくわかんない。なんか、先輩の保護とか、なんとか」


 笠木司かさぎ つかさ。僕とは幼稚園と僕が転校する小学3年まで幼馴染としていろんなことをした。

 彼は優秀である。たまたま家が近いから(あと、僕がここを受けると言ったから)彼は、平凡な偏差値のこの高校に来ているが、彼が本気を出せば県トップ校は余裕で狙えたはずである。


 特に彼が本気を出すのは、こういう推測がものを言うタイミングである。


「ちょいちょい、待ってくれよ大親友ベストフレンド。いくら校長の頼みだからって、これから一人で先輩のところへ行くのか?」

 腐れ縁は、持っていた空のペットボトルを僕に向ける。

「え、まあ」

 何でわかるんだよ。


「それなら、良い人知ってるぞ」


 そう言うと、彼はポケットに入っていた携帯を取り出し、慣れた手つきで電話を掛けた。


「あ、もしもし柊? そうそう、俺。あのさ、ちょっと頼みがあるんだけどさ」

『何であんたなんかの用事を聞かなきゃいけないのよ』

 声の主は、音漏れを聞く限り女性だった。というか、声デカいだろ。

 スピーカーなのか?

「ま、ある意味ね」

 彼が電話を話して僕に呟く。

『またなんか私の悪口言ったでしょ』

「言ってない言ってない」


 察しの良い子らしい。しかし、声色を聞く限りではどんな女の子なのかは想像できない。


 笠木はスピーカーボタンを押し、僕にも聞こえるようにした。彼女も察したのか、声の大きさが少し小さくなった。


「で、頼みなんだけどさ」

『……はぁ、何よ』


 とうとう折れたようだ。昼休みは刻一刻と終了時刻に迫っており、ここからの行動は不可能だと考えていたので、この電話に対して急かす必要はないが、ただまあ、この感じだと何度かこんなことがあったのだろうなと察せられる。


「和泉若菜って子の調査を任せられるか?」

『その子がどうかしたの? また合コン? 私はあんなところ二度とごめんだけど』

「こないだは悪かったって。俺だって行きたかなかったけど、うちの女子生徒評判良いんだよ。だから、セッティングしろってうるさくってさ」

『あー、なるほど。それで、私を呼べばセッティングしろと言われなくなると。冷酷少女は出てない二次会も凍らすからね』

「何でそのこと知ってんだよ」

『ネット』

「あー」

『それで、作戦は成功したの?』

「ばっちり」

『やっぱりそういう作戦だったのね』

「あ、ええと」

『まあいいわ。ちょうど私も気になっていたし。その代わり、ちゃんと報酬弾みなさいよ。こないだの謝罪込みで』

「こないだの謝罪って、むしろこっちにくれても」

『なんか言った?』

「いえなにも」

 冷酷少女の愛称にふさわしい、キレのあるセリフだった。

『じゃあね』

「さんきゅー」


 通知が終了するや否や、学校のチャイムが鳴った。


「あ、予鈴じゃん。次の教科なんだっけ」

「確か日本史かな」


 とりあえず行動開始は放課後にするとして、その時にまた聞いておこう。

 ヒイラギという少女と、彼女もまた和泉若菜を調べようとしていたことと。

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