君のそばから、あなたの隣へ
しりうす
第一章 君のそばから、他の誰かへ
第1話 日常
『私、ハルが好きだよ』
僕の名前、
雰囲気も何もなく、ただ突然に。前触れはあった。今も僕達の周りでにやにやと笑っている友達だ。男子だけじゃなく、女子もいる。
僕は昔から、男女隔たり無く接し、同じくらい友達がいた。クラスの中心的な存在ではなかったけれど、別にこの頃は関係なかった。
数多くいる僕の友達の中で、彼女だけは特別だった。
長い黒髪をかわいらしくみつあみにして、ひざ丈ほどのスカートを穿いていた。
彼女はクラスで一番どころか、学校で一二を争う程可愛くて、幼いながらも可憐さを含んだ美しさだった。この学校に、一体どれほど彼女のことが好きな男子がいたのだろう。間違いなく、僕はそのうちの一人だった。
そんな彼女の名前は、
♥
朝起きて、歯を磨いて、朝食を食べて、着替えて、学校へ行く。代わり映えのしない日常が、毎日が、いつからか嫌いになった。
学校への道すがら、僕は考える。昔はこんなんじゃなかった。どうして、僕はあの日々を、幸福に満ち溢れていた毎日を、失くしてしまったのだろう。
答えは一考する余地もなく出てきた。他の誰の、どんな所為でもない。僕の所為だ。僕が、選択を誤ったから。
そう、僕は選択を誤った。だから、日奈は僕の下から離れ、僕以外の友達と遊ぶようになった。
けれど仕方ないじゃないか。僕だって、当時は気恥ずかしさから、あんなことを言ってしまっただけなのだから。あの時言ったことは、本心ではなかった。幼馴染である日奈なら、わかってくれると思ったんだ。でも実際は、違った。
首を振ってこれ以上は考えないようにする。もう過ぎたことだ。いつまでも過去をうじうじと根に持っているのは、かっこ悪い。
無情にも、時は一瞬も止まることなく刻まれていった。それに倣って、僕も進級していく。小学校から中学校へ。そして、高校へ。
入学式を迎えてから、もうすぐで一年になる。今日は、三学期の終わりを告げる終業式の日だ。今日で、高校一年生としてこの学校に通うことができなくなる。それは寂しくはあるけれど、同時に嬉しくもあった。
高校に近付くに従って、同校の生徒も見かけるようになってきた。
僕が進学したのは、僕にとって丁度いい高校だった。学力的な面でも、家からの距離的な面でも。
一陣の風が吹いた。僕はいつの間にか下を向いて歩いていたようだった。それでも周りの人の気配を感じ取れたのは、僕の今の立ち位置のおかげなのだろうか。きっとそうだ。
僕は顔を上げた。そして一瞬、息をするのを忘れた。
僕の視線上に、一人の少女がいた。昔と変わらない長い黒髪を、後ろで一つに束ねてみつあみにしている。
彼女もまた、僕と同じ高校に入学した。そうして当然のように、その整った容姿のおかげで、校内での地位を盤石のものとした。
僕も似たようなものだ。容姿が整っているわけでもなければコミュニケーション能力に優れたわけではなかったので、俗に言う日陰者として、だけど。
今更ながらに不思議に思う。何故、彼女はこの高校に通おうとしたのだろうか。彼女は昔こそ僕に勉強を教わっていたけれど、僕の下から去ってからはぐんぐんと成績を伸ばして、僕よりも頭が良くなっていった。
だから彼女にはもっと選択肢があったはずなのに、何故ここなんだ。
僕は彼女の事を極力意識しないようにしつつ、追い越して校門を抜けた。
「ぁ……」
後ろから微かに声が聞こえたような気がするけど、多分気のせいだろう。
教室へ入ると、既に半分ほどの生徒が登校していた。ドアを開けた僕にちらりと視線をよこすが、それだけだ。すぐに視線を逸らして友達との会話に花を咲かせだす。
今日でこのクラスともお別れのはずなのに、誰一人寂しそうな表情をしていない。
僕は静かに自分の席へと向かい、着席した。いつも通りの光景。ポケットからイヤホンとスマホを取り出して、音楽を聴きはじめるのも、いつも通りだ。
音楽を聴き始めて数十秒。突然教室の空気が変わった。彼女が登校してきたからだ。僕と日奈は、同じクラスだった。居心地が悪い。だから、クラス替えに対して嬉しいと思ったのだ。
時間になった。生徒全員が体育館へと向かう。
特筆することのない時間が過ぎ、教室へと戻る。どれくらいの人数が校長の話を聞いていたのだろう。少なくとも僕はあまり聞いていない。
教室に帰ったら成績表が配られる。どうせ僕は平凡なので〝3〟とかだろう。
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