ヒューマノイド、メモリー、オブジェクト

小林 梟鸚

一話完結

 充電カプセルの中で、充電を済ませたリンは二十六時間ぶりに起動した。リンの電子頭脳が目覚め、意識が蘇った。全身の駆動系、感覚系、電圧、ネットワーク接続、全て問題無し。メモリーだけはエラーが出ているが、これは以前からなので気にしないで大丈夫。起動シーケンスはコンマ数秒で終了した。深い眠りから覚めた彼女は、現在の時刻を確認して驚いた。一〇五三、間もなく昼になるではないか。充電に時間がかかり過ぎだ。

前回の活動ではバッテリー残量がギリギリだったというのもあるが、充電のスピードも最近明らかに遅くなって来ているようだった。以前なら十数時間で充電は完了していただろう。カプセルのどこかに劣化があるのだろうが、異常を特定してそこを修理するのは簡単ではない。どこかでカプセルが丸ごと残っていたりしてくれればありがたいのだが、もう行ける所はあらかた『探索』し終わっているので、今後新しいカプセルが見つかる可能性は低そうだ。

静かな駆動音を立ててカプセルが開いた。リンのカプセルは廃墟の地下の部屋にあり、昼でも陽の光は届かない。彼女は光学センサーの感度を最大にして周囲を見回した。彼女がカプセルに入ってシャットダウンする直前の光景と比較して、どうやら少し物――とは言っても、床に落ちているのはがれきやガラクタばかりだが――が動いているようだった。誰かが来たのだろうか?しかしこんな何もない所にわざわざ来る理由も思い当たらなかった。リンは、廃墟内に残されたイントラネットを経由して、自分がシャットダウンしている間に何かがあったのかを訊いてみる事にした。

≪ねぇ……ねぇ、誰かいる?≫

≪どうした、リン≫

≪ニューインね≫ニューインは、元は廃墟の建物のイントラネットの管理を行っていたシステムだ。もっとも今では、ネットワークにはリンを含め数名からのアクセスがあるのみなので、特にやる事も無く暇を持て余していた。≪ねぇ、私が寝てる間、何かあった?≫

≪何かってどういうことだい?≫

≪私が寝てた部屋の物が少し動いてるの≫

≪あぁ、それなら、昨日地震があったから、それのせいだろう≫

≪何かあったんじゃないの!≫

≪ごめん、ごめん。あ、あと、その地震のせいで『村』でもちょっとばかし建物が倒壊したり道が崩れたりで、みんなでその片付けをやってるみたいだ。リンも充電が完了したなら手伝いに行ったら?≫

≪わかった、そうするわ≫リンはネットワークからの接続を解除し、カプセルから出た。過去のメモリーを検索しても、建物が倒壊する規模の地震が起きたのは十二年と三十七日ぶりの事だ。仲間たちも何ともなければ良いんだが、とリンは思った。




 ニューインの言っていた『村』は、リンのカプセルのある建物から、地下道を通ってすぐの場所にある。そこではリンの様なヒューマノイドや多種多様なロボット、自動運転車やドローンなどが身を寄せ合って暮らしていた。もちろん『暮らしていた』といっても所詮はロボット達なので、畑を耕すとか服を縫うとかそれを市場で売るとか、そういう事をしている訳では無い。ただとりあえず、同じ場所に集まっているだけだ。各々が単独でいるより、集まっていた方が何かあった時には対処しやすい。例えば、今回の地震のような事があった時には。

 リンが『村』に顔を出すと、一台の多脚戦車が近づいて来た。

「リン、今日は遅かったな。地震で建物の下敷きになったんじゃないかと心配してた所だ」

「長老、おはようございます」リンは挨拶した。「カプセルの調子が悪くて充電に時間がかかってしまったんです」

「備品の老朽化は避けられない問題だな」長老と呼ばれた多脚戦車は、腕組みをするように左右の作業用アームを交差させて言った。「形あるものいつかは滅びる、それは私達も人間も同じだ」

「それより長老、地震で『村』は大丈夫だったんですか?何か手伝える事はありませんか?」

「『村』では大きな被害は無かったよ。今はがれきの撤去作業をみんなでやっている。お前も手伝ってくれると助かる」

「もちろん手伝います。むしろ遅れて来てしまって申し訳ないくらいです」リンはそう言うと、早くも『村』の中央部めがけて走り出した。

「あぁ待て待てリン……それが終わったら、お前、やっぱり『探索』に来るか?」

「行って良いのなら是非そうしたいです。私のメモリーに残されたデータについて、何かわかるかもしれないですからね」リンは振り返って答えた。

「メモリーの断片か……」長老は、やはりアームを組んだまま体を揺らした。「人間そっくりの外見に過去の記録の断片。お前はかつて、どういった目的で造られたんだろうな?」

「それを知りたいから『探索』を続けてるんですよ」リンはそう言うと、自身のメモリーの断片的なデータを『回想』した。いくつかの画像イメージ……五つの輪っかのオブジェクト、巨大な楕円形の建造物、数枚の詳細不明なイラスト……これらの関連性を彼女は何度も考えてみたが、結局それは未だにわからないのだ。建造物は、中央には屋根が無くその真下が緑地となっている。どうしてわざわざ中央を開けているのか?その合理的な理由は、いくら考えても出て来なかった。そして、それらの不思議な記録と彼女自身の関係も謎だった。

「そうだったな……。『村』から南東の方向で、大規模な建造物の崩落があったらしい。危険もあるが、今まで行けなかった所に行けるようになってるかもしれん。何か新しい備品が見つかるかもしれないので、『村』での作業が終わったら探索に行こうかと思ってる。一緒に行こう」そう言って長老は、砲台で南東を指し示した。

「そうします、ありがとう!」リンは長老にお辞儀をすると、改めて『村』の片付けを手伝うために走り出した。




 作業を終えた後、長老、リン、ドローンのドロンの三体は『村』の南東に向かった。ドロンは空を飛べるが稼働時間が短いので、『探索』の時は長老に乗せてもらい上空からの映像を撮る時だけ飛行する。そして長老は、軍事兵器ならではのパワーがある。一方でリンは空も飛べないし力も長老ほどは無いが、元々人間が住んでいた世界の『探索』にはヒューマノイドのボディは何かと便利なのだ。そんな訳で、探索にはこの三体のパーティで行くのが常となっていた。

 途中までは既に知っている道だった。彼らは行ける所はあらかた行き尽くしており、使えそうな物は全て『村』に持ち帰っていた。人間達の残した建造物は永い時を経て激しく痛んでおり、それらが道を遮っているせいで、ロボット達が活動可能な範囲は意外と狭いのだ。『村』から三十分程進むと、崩落のあった場所にたどり着いた。

「ここですか……確かに、ビルが崩れてますね」リンは言った。以前にここに来た時には確かにあったビルが一つ、がれきの山に変わっていた。

「あぁ。通れそうな所はあるかな?」

「ちょっと調べてみます」リンはがれきの山に近づいてみた。「ええと……あっ、ここのがれきの隙間からだと私なら奥に行けそうです」

「無理はするなよ」

「大丈夫。ドロン、おいで」リンが声を掛けると、ドロンは長老の元を離れリンの手の中に入った。ドロンを抱えて、リンは隙間の奥に進んでいった。途中かなり狭い所もあったが、彼女は何とか体をくねらせて、遂にビルの反対側に到達した。




 ビルの反対側は、雑草で覆われた緑の世界だった。アスファルトの割れ目にはイネ科植物が繁茂し、ビルの壁面にはツタが生い茂っていた。所々に、名前はわからないが小さな白い花が咲いていた。自然の侵食を若干苦々しく思いながら、彼女はとりあえず辺りを軽く散策してみる事にした。

 その矢先、リンは、遠くに謎のオブジェクトがあるのを発見した。彼女はそのオブジェクトの傍に飛んで行った。

「これは……」リンはそのオブジェクトの前で佇んだ。自分の記憶の中にのみ存在した物が、今こうして目の前にあった。そのオブジェクトの五つの輪っかは、それぞれ異なる色で塗装されていた。そしてそのすぐ前には、文字を刻んだ石板が置かれていた。その表面は苔むしていてほとんど読めなかったが、辛うじて一部が判読出来た。

「二千二十年七月二十四日……開催を記念して……」リンはそこに書かれていた文字を読み上げた。西暦二千二十年、遥か昔にこのオブジェクトは造られたようだった。その時に何があったのかは、彼女のメモリーには記録されていなかった。オブジェクトの近くには、巨大なドーム様の建造物があった。

「ドロン、リンクして。あれを上空から見たいの」リンはドロンと感覚を共有した。ドロンはリンに言われた通り、建造物の上空に浮上した。そこで見た光景は、間違い無くリンのメモリーに保管されている、楕円形で屋根の一部が無い謎の建造物だった。

「ふうん」リンは独り言ちた。自分の出生の謎を解き明かすカギとなるかもしれないメモリー。その正体は、思っていたより遥かに近くにあった。まだこれらが何故造られたかはわからないが、その謎はこれからじっくり調べれば良い。時間は無限では無いにしてもまだ沢山あるのだ。充電カプセルだってちょっと調子は悪いが、すぐ壊れるという事は無いだろう。それに新しいエリアを調べれば、カプセルの修理に使えるパーツも見つかるかもしれない。リンの胸に、漠然とした希望が湧いて来た。

「ドロン、ありがとう!戻って来て」彼女はドロンを呼び戻すと、一度長老の元に戻る事にした。今回の『探索』の事でリンは長老にお礼を言いたかったし、『村』の仲間達にも一刻も早くこの発見を伝えたかった。

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ヒューマノイド、メモリー、オブジェクト 小林 梟鸚 @Pseudomonas

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