第58話 元勇者の話を聞くの。

「それで何を協力すればいいの?」


 レイニィは開き直って元勇者に聞いた。


「技術革新を進めたい」

「自分で進めればいいじゃない?」


 レイニィにしてみれば当然の発言であったが、元勇者はその理由を説明した。


「俺は勇者召喚される前、元の世界では、田舎の百姓の小倅でしかなかった。

 読み書き算盤は尋常小学校で習ったが、技術的なことは何も知らないんだ――」


「尋常小学校って、いつの時代よ?」

「大体百年くらい前だが。今はないのか?」


「百年て。あんた何歳なの!」

「確か百十歳だったかな?」


「とてもそうは見えないのだけど――」

「女神様の加護のおかげだ」


「そうなの。百十歳でそんなだと、羨ましいんだか、そうでないんだか微妙ね」

「この世界では、エルフとか長寿だから普通だぞ」


「それもそうね」


 レイニィは、女神様の加護「自己再生」があるので、自分もエルフ以上に長寿であるのだが、まだ気付いていなかった。


「百年前に比べれば技術的に随分進んだけど、かえって、専門家でないとその技術がどうやって出来ているか、わからなくなっているわ。

 透明なガラスにしたって、コップとか普段使っていたけど、作り方までは知らないもの」

「それでも、俺よりは詳しいだろう」


「まあ、百年前の尋常小学生よりは詳しいでしょうが、それでもどうかな?

 この世界は、前の世界と物理法則が違うみたいだから」

「物理法則?」


「こっちの世界は、魔法があって、代わりに電気がないでしょ」

「電気がないのか?」


「気付かなかったの?」

「俺が前住んでた所もまだ電気が来ていない家だったからな。だが、電気がないことが問題か?」


「どんな田舎だったのよ――。でも、それじゃあ、電気のありがたみをあまり感じていなかったのも仕方ないか」


「これで、わかるだろ。何故こうして頼んでいるか」

「あんたが自分で出来ないことはわかったわ。でも、何故そうまでして進めたいの。あんたも女神様と何か約束したの?」


「女神様と約束はしてないが、技術革新を進めていこうという考え方は女神様と一緒だ。だが、俺がそれをするのは、元の世界に帰りたいからだ」

「女神様は帰る方法はないって言ってたわよ。技術革新ぐらいでどうにかなるものじゃないでしょ」


「元の世界に戻る方法はあるんだよ。女神様がいったのは、上の世界に戻ることはできないだ。下の世界へはこの世界から行ける」

「確かに上から下への一歩位通行だといっていたわね――」


「つまり、今の世界と元の世界の位置関係が逆になればいい。こちらが上になれば元の世界に戻れる」

「世界の位置関係を簡単に変えられるの?」


「簡単ではないが、できる。実は世界の位置関係は、その世界の幸福度によって決まる」

「幸福度ってなに?」

「幸福度は、その世界に住む全ての生き物が、幸福だと感じれば、感じるだけ加算されて行くものだ」


「人間だけではないのね」

「そうだが、人間の方が幸福と感じることが多い。動物達は生きるのが精一杯で、幸福と感じることが少ない」


「あなたとしては、元の世界に戻るために、技術革新で幸福度を上げたいわけね――」

「その通りだ」

「でも、技術革新で必ずしも幸福度が上がるとは限らないわよ?」


「お前、既に悪魔に侵されてるのか?」

「悪魔? いきなり何」


「悪魔と同意見だぞ! 悪魔は、技術革新は幸福度を下げると言って、こちらの妨害をしてくるのだ」

「妨害は兎も角として、技術革新が幸福度を下げることもあるのよ。公害とか、自然破壊とか、異常気象とか。百年前には無かった考えかしら?」


「そうなのか? だが、俺は、技術革新の先にこそ幸福があるのだと思う」

「女神様はその考えなのね? それで悪魔と対立しているわけか――」


「よくわかるな。そんなわけで協力頼む!」

「わかったわ。それじゃあ幸福度を上げられるように程々にね」


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