もしも異世界で誰とも出会えなかったら?

ちびまるフォイ

自分の影

『親愛なる転生者さまへ


 あなたには世界を救うための強力な力を与えました。

 あなたが望めばどんなことだってできるでしょう。

 

 その代わり、他の人に危害を加ええないように

 あなたはこの世界の誰とも出会うことができません。

 

 ですが安心して下さい。

 あなたが偶然出会えないというだけです。

 ちゃんとこの世界には人が生活しています。


 強力な力の代償に、ただあなただけが偶然出会えないだけなのです』


女神の書き置きにはそう書かれていた。


「女神とも出会えないのか……」


まるで留守番を任された子供のような心細さを感じた。

でも欲しかったのは生前にどれだけ求めても手に入らなかった強大な力。


イキり倒す強者どもを涼しい顔でぶっ倒す爽快感。

それさえ手に入れば他人との関わりなんて不要だ。


自分自身の力で異世界に降り立つとすでにそこは世紀末。

空には暗雲が立ち込めて魔物がばっこしている。


「さて、と。かる~~くやっつけちゃうか」


書き置きの通り、俺の強大な力は魔物を寄せ付けなかった。

どんな攻撃もきかないし、どんな相手でも倒せる。


あっという間に世界を支配していた王を倒して平和を取り戻した。


「あっけなかったな。さて、どんな感謝のもてなしがされるのかな」


うきうきしながら特に魔物に苦しめられていた村を訪れた。

だが、店に入ろうがギルドに入ろうが誰もいない。

無銭飲食をしたって止める人すら出てこない。


「……なんだよ。世界を平和にしたってのに感謝の言葉もないのか?」


ぶつぶつ言いながら足もとの小石をけると、看板にあたった。

看板には「祝! 世界平和!」と書かれ、世界を救った英雄への感謝の寄せ書きがされていた。


「……一応、人はいるんだよな?」


街へと振り返る。誰もいない。

この世界に来てからというもの誰ともあっていない。

世界を平和にすれば人と関われるかと思っていたが。


「……ふ、ふん。別にいいし。褒められたくてやったわけじゃないし……」


世界を救ってからやることなんてない。

まして、仲間もいないので、仲間の抱えている過去の問題を解決だとかもない。


「これからどうしよう……」


強大な力も振るう場所がなくなっては何の意味もない。

自分が関われないというだけであって、この世界にはちゃんと人がいる。


ならばこの持て余した力を人のために利用しようと思いついた。

それくらいしかやることがなかった。


「これでよし、と。これでもっと便利になるはずだ」


魔物で壊された街は自分の力で復旧させ、

移動が便利になるように道を整え、

悪い人が出ないように環境を作り、それからそれからそれから……。


俺の尽力あってこの世界の幸福度はずっと増したのに、

ついに誰一人として肉声で俺に感謝を伝える人はいなかった。


「こんなにも人に会えないものなのか……」


異世界生活もしばらく経つとだんだん不安になってくる。

人の反応がわからないのがこんなにも怖いのか。


自分のやったことは表面上は感謝されているが実は嫌だったのでは?

この世界には実は自分しかいないのではないか?

実は自分ひとりがずっと騙されているだけなのではないか?


「おおおーーーい!! 誰か!! 誰かいないのかーー!!

 誰かいたら返事をしてくれーー!!!」


最も人通りの多い時間帯で街の中央で叫んでみても答えはない。


冒険と充実した毎日を夢見た憧れの異世界が、

いつしかハムスターを囲う檻のように思えてならない。


「いるはずだ……俺の思い込みなんかじゃなくて、本当に人はいるんだ……」


俺は街の至るところに書き置きを残した。

数日後に戻ると書き置きにはちゃんと返信が書かれていた。


やっぱりこの世界には人がいるに違いない。

でもこの返信がどれだけの証拠になるのか。

実は自分は死んでいて、ずっと仮想世界の中に囚われているのでは。


思考はどんどん極端な疑心暗鬼の谷へと落ち込んでゆく。


「誰でもいい!! この声が聞こえていたら姿を見せてくれーー!!」


誰もいない。

どんなに世界を救っても。

どんなに生活をよくしても。


俺はいつも一人ぼっちのまま。

どこでなにをしていてもいつも一人のまま。


「い……いやだ……誰とも関われないまま死ぬくらいなら、こんな力捨ててやるーー!!」


強大な力へ最後に願ったのは「能力を捨てる」という願いだった。

願いは聞き届けられて、自分を守って好き勝手させてくれた力は跡形もなく消えた。


俺はただの一般人にグレードダウンした。


「俺の能力が消えた……。これで誰かに出会えるはずだ!」


街に戻ると、この世界に来てはじめて自分以外の人を見た。

活気に満ちてお互いに言葉を交わし合っている。


その風景を見ただけで涙が出そうになった。


「ああ……いたんだ……やっぱり人はいたんだ……!!」


人と話すのはいつぶりだろう。

はやくこの孤独から救われたい。

俺は思い切って近くの村人に声をかけた。


「こんにちは!! 今日はいい天気ですね!」


「そうだな。きっとこの空の下で冒険者さまは僕らのために頑張っているんだろうな」


「あの……」


俺の言葉はすぐに遮られた。


「冒険者さまはまた別の街を作り変えてくださったそうよ」

「本当にあの方は偉大だよ。いくら感謝してもし足りない」

「ああひと目お会いすることができたらどんなに幸せか!」


「そ、その冒険者が俺なんですよ!」


「冒険者さまには今度は何をしてくれるんだろうか」

「こないだ私の書き置きにも返信してくださったのよ!」

「忙しいだろうに本当に庶民の心を大事にする良い人だ」



行き交う人々の話題はいつも憧れの冒険者の話ばかりで、

誰ひとりとして目に入る俺の言葉を聞いちゃいなかった。



「誰か! 誰でもいい!! 俺のことをちゃんと見てくれーー!!」

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