第36話 元カノからのお願い

 そんな楽しい(?)トークの時間もようやく終わり、解散する事になったのだが・・・


 想像できるとは思うけど・・・


 二人の綾香ちゃんの壮絶な(?)バトルが再開された!


「・・・だいたい君は方向が逆だ!」

「そんなのは関係ありません!寄り道してはならないという校則は存在しません!」

「今日知り合ったばかりのクセに生意気だあ!」

「幼馴染フラグを勝手に立てる先輩に言われたくありません!」

「勝手に立てるとは心外である!」

「そうですかあ?雄介先輩は『アヤカちゃんと一緒に帰る』とハッキリ言ってましたよー」

「君ではない!ボクの事だあ!!」

「そんな事はありません!絶対にわたしです!!」

「ボクだ!」

「わたしです!」

「ボクだ!」

「わたしです!」


 おいおいー、勘弁してくれよお。さすがの姉さんも顔が引き攣ってるぞー。朝倉さんも南城さんも互いに顔を見合わせて『勘弁してよねー』と言わんばかりだ・・・


 姉さんの本音は「私に決まってるでしょ!」だろうけど、それをやると方広寺さんがヘソを曲げて『glassグラス slippersスリッパーズ』に入らないと言い出すかもしれないから、いつものように強引に押せないのだ。それは僕も分かっている。


 結局・・・姉さんが仲裁案を出して、二人の綾香ちゃんも納得したのだが・・・


 その仲裁案とは・・・『あみだくじ』だ!


 最初は二人の綾香ちゃんだけでやるつもりだったけど、何を思ったのか綾香ちゃん(当たり前ですけど龍潭寺綾香ちゃんの方です)が「あいつの当選確率が50%なのは面白くない!」とか言い出し、方広寺さんも「先輩の確率が50%なのは面白くない!」と同調して、朝倉さんや南城さん、姉さんまで加えた5人の『あみだくじ』でやる事になったのだあ!

 『あみだくじ』を作る担当になったのは、公平を期す(?)ために僕ですけど、その僕はプリントの裏紙に5本の縦線を引き、真ん中に『〇』を付けて、横線を適当に引いた。

「・・・それじゃあ、各自、好きなだけ線を引いて下さい」

 僕はそう言ってボールペンを姉さんと南城さんに渡したのだが・・・二人の綾香ちゃんが自分の鞄からボールペンを取り出して、互いに競い合うかのように横線や斜め線、挙句の果てにはワープ線まで書き込んで凄まじい事になった!姉さんはため息をつきながら3本書いただけだし、南城さんと朝倉さんは1本も書かなかった。

 僕は殆ど真っ黒に近いプリントの裏紙を半分に折って下の方を見えなくしてから、3本だけ書き加えた。

「・・・じゃあ、一番左は誰にしますか?」

 僕はそう言って質問したけど、誰も名乗り出ない。仕方ないから50音順に入れていくと宣言し、左から朝倉さん、南城さん、姉さん、方広寺さん、綾香ちゃんの名前を書き込んだ。

「・・・それじゃあ、やりますよー」

 僕は半分に折ってあった紙を開いて、『〇』を付けた真ん中から赤のボールペンで上へ上へと上って行った。

 右に左にクネクネ周り、さらには2度のワープポイントを経て、ようやく上に近付いてきた・・・が、残り3本となったところで、僕は誰と一緒に帰るのかに気付いて冷や汗が出てきた!

 最後の線を曲がって、もう横線が無くなった状態になった時、赤いボールペンは一番左にあった・・・そう、朝倉さんだ!

 一番引き攣ったような顔をしていたのは姉さんだったけど、姉さんは朝倉さんの左肩をポンと叩いたかと思ったら「ヨロシク!」とだけ言って鞄を持った。もちろん、南城さんや二人の綾香ちゃんは姉さんが言ったを知らないから、黙って鞄を持って第二音楽室を出た。


 肝心な朝倉さんだけど・・・黙って鞄を持つと第二音楽室に鍵をかけた。

「・・・それじゃあ、鍵を返しに行くよ」

 そう言って朝倉さんは階段を降り始めた。でも、3段ほど降りたところで足を止めて後ろを振り向いた。朝倉さん以外の5人はまだ第二音楽室の前にいたのだ。

「・・・雄介くーん、あたしと帰るんでしょ?」

 朝倉さんはそう言ってニコッと微笑んだから、僕は「あ、ああ、そうだよね」と言って朝倉さんに並んだ。

 僕も朝倉さんも旧校舎の階段を下りる間、一言も喋らなかった。いや、何かを喋らないと逆に怪しまれる!というのは分かってたけど、何を話せばいいのか全然思いつかず、頭の中がパニックになっていて完全に思考が麻痺していたのだ。

 そんな僕と朝倉さんが旧校舎から本校舎に入った時、初めて朝倉さんの口が開いた。

「・・・あ、あのさあ、雄介君」

「ん?」

「ク、クラス委員としてお願いがあるんだけど・・・」

 朝倉さんはそう言って僕の方を見たけど、その目は真っ直ぐに僕の目を見ていた。僕は最初、意識して朝倉さんと視線を切ったけど、朝倉さんが僕の目から視線を切らなかったから、僕も朝倉さんの目に視線を戻した。

「・・・僕に何か頼みたい事でもあるんですかあ?」

 僕は出来るだけ普通に喋ったつもりだったけど、その朝倉さんは、少し引き攣ったような表情のまま

桜高祭ブロッサム・フェスティバルの実行委員をやってくれない?」

「はあ!?」

「だーかーら、桜高祭ブロッサム・フェスティバルの実行委員をやって欲しいんだけど、ダメかなあ」

 朝倉さんは頑張って普段のような表情を作ろうと頑張ってるのがアリアリを分かるけど、そんな朝倉さんを見て、僕はちょっとだけ考えた。

「うーん・・・僕のような人で務まるのかなあ」

「大丈夫だよ。あたしも助けてあげるし」

「むしろ、翔真の方がいいような気がするけど・・・」

「あー、翔真君は絶対に無理!」

「へっ?・・・何で?」

「だってー、あたしが男子で一番最初に声を掛けたのは翔真君だけど、女子が香澄さんだと知った途端、有無を言わさず拒否よ」

「はあ!?」

「だーかーら、あたしと香澄さんと雄介君の3人で、今年の桜高祭ブロッサム・フェスティバルを切り盛りして欲しいのね。お願い!」

 朝倉さんは両手を顔の前で合わせて『お願い』ポーズをしてるけど、どうして僕に実行委員をやって欲しいと言ってくるのか、イマイチ、ピンと来ない。

「・・・ホントに僕でないと駄目なんですかあ?」

「だってー、ここで雄介君が降りたら、丸岡君が乗り出すよー」

「うわっ!それだけは絶対にヤバイ!」

「でしょ?去年の1年C組を見れば、絶対に丸岡君にやらせたら駄目なのは目に見えてるわよー」

「だからといってさあ、僕と翔真以外にはアテがないのかよ!?」

「杉原君が風紀委員になった以上、丸岡君が乗り出す前に決めないと手遅れだよー。そうなるとー、もう雄介君しかアテがないんだよ。それとも大杉君とか富永君あたりに実行委員をやってもらう?」

「はーー・・・ホント、うちのクラスの男子、ロクな人材が揃ってないね」

「分かってるなら、クラス委員の頼み事には黙って従うのが男でしょ?」

 そう言うと朝倉さんは僕の背中を『バシーン!』と勢いよく叩き付けた!その顔はさっきまでの少し引き攣ったような顔からニヤニヤ顔に代わっていた。

「まあいいよー」

「サンキュー!」

 僕は渋々だけど引き受ける事にした。たしかに丸岡に任せると逆に怖いから、翔真が引き受けない以上、僕しかいないというのも分からない事もないからなあ。

 ただ、翔真の気持ちも分からない事もない。実行委員を香澄さんと一緒にやるという事は、香澄さんに顎で使われるのが確定だ。翔真にとって香澄さんは南城さん以上の天敵であり、唯一、頭が上がらない存在だと言っても過言でないから、香澄さんと一緒なのは屈辱以外の何物でもないからなあ。

 えっ?僕は顎で使われても屈辱だと思わないのか?

 あー、それはですねえ、あくまで僕個人の意見ですけど、既に姉さんに顎で使われてますから、そういう事には慣れてます、ハイ。


 僕たち5人は一緒に正門を出たけど、僕の左にいるのは朝倉さんだ。姉さんたち4人は僕たちの前を並んで歩いてるけど、何となく監視されているようで落ち着かないのは僕だけではないと思うんですけど・・・後ろを歩かれるよりマシかな。

 朝倉さんはというと・・・別に普通の顔だ。緊張している訳でもないし、かと言ってニコッとしている訳でもない。極々普通の顔でいるし、喋っている事はといえば、殆ど『glassグラス slippersスリッパーズ』に人が集まらない事への愚痴と、北条先輩たち『世界神話創世隊』へのため息ばかりだ。

 南城さんは赤電で通ってるから『桜岡高校前』駅で別れたけど、他の4人は踏切を渡った。でも、本来なら踏切を渡って最初の交差点で方広寺さんは左に曲がる事になるだが(中学校区が隣なのだから当たり前だ)、なぜか右に曲がってついてきた。

「ちょ、ちょっとー、オコチャマはさっさと帰れよなー」

「フン!寄り道してはならないという校則は存在しません!」

「まあまあ、ここはお姉ちゃんの顔を立てて仲良くしましょうねー」

 姉さんは強引に二人の綾香ちゃんの間に体を入れたけど、方広寺さんも綾香ちゃんも、互いに『フン!』とばかりにソッポを向いてしまった。これには僕も朝倉さんも苦笑するしかなかった。

「・・・雄介君はモテモテですねえ」

「どこがですかあ!?僕は被害者ですよー」

「あたしと別れた事がプラスになって良かったんじゃあないの?」

 朝倉さんはニヤニヤ顔で僕の方を見てるけど、正直、僕は冷や汗ものです。明らかに嫌味タップリに突っ込まれたというのがアリアリと分かったから、勘弁して欲しいです、ハイ。

「・・・本音を言わせてもらえれば、僕は朝倉さんの方がいいです」

「へっ?」

 僕は何気なく言ったつもりだったけど、その言葉に朝倉さんの足が止まった。いや、止まったというよりは意識がぶっ飛んで固まっているに等しいようにも思える。

 僕は朝倉さんの足が止まったから足を止めたけど、そのまま朝倉さんをジッと見ている。

「・・・じょ、冗談だよねえ」

 朝倉さんは顔を真っ赤にしながら僕に行ったけど、僕は澄ましている。

「半分は本音で、半分は冗談ですよ」

「・・・どういう意味?」

「僕は争いごとは好みません。それは朝倉さんも分かってるはずです。僕の存在が火種になるくらいなら、僕は遠慮させて欲しいです」

「・・・・・」

「かと言って、朝倉さんに未練がないと言えば嘘になりますよ。たしかに『勿体ないなあ』という感情が無い訳じゃあないけど、姉さんの存在を僕は無視できません。それが朝倉さんの負担になっているのなら、僕も引き留めるのは難しいと分かっていますから、クラスメイト以上の関係を求めるのはしないつもりです」

 僕は結構大真面目な顔をして朝倉さんに言ったつもりだけど、その朝倉さんは暫し顔を真っ赤にしたまま俯いていた。

 やがて顔を上げたけど、その時の朝倉さんは普段通りの朝倉さんだった。

「・・・過去を引き摺っていては前に進めないからね」

 そう言ったかと思ったら朝倉さんは僕の腕をツンツンと突いた。

「ほら、行くよ」

「あ、ああ」

「早くしないと愛美から言われるよ」

「それもそうだね」

 その後、僕と朝倉さんは何も喋らなかった。いや、喋らなくても全然気にならなかった。なぜなら、朝倉さんはずっとニコニコ顔のままでいて、さっきまでのような朝倉さんではなかったからだ。敢えて例えるなら、春休み以前の朝倉さんにソックリだったから、僕も全然身構える必要がなかったからだ。

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