二人の綾香

第29話 去年と変わったところ・・・

“トントン”


(シーン・・・)


“トントン”


(シーン・・・)


“ガチャリ”


「おーい、雄介、おはよー」

「・・・・・ (雄介君、熟睡中です)」

「ゆーすけー、早く起きないとお姉ちゃんは怒るわよー」

「・・・・・ (雄介君、まだまだ熟睡中です)」

「判決!コチョコチョの刑に処す」


「アーハハハハハ!ヤ、ヤメテー!」

「どうだ、起きるか?まだ寝るのか?どっちだ?」

「起きる!起きるからヤメテー!」

「じゃあ起きろ!」


 僕は今日も姉さんに強制的に起こされた!折角いい夢を見ていたのに・・・あれっ?どんな夢だったかなあ・・・なーんか、もの凄くいい夢だったのに、思い出せないなあ・・・

 というより、僕は朝が苦手だ。姉さんのように6時前に目覚まし時計が無くてもキッチリ起きれる人が羨ましいぞ!

「・・・ゆーすけー、いつまでもお姉ちゃんに起こされるようでは将来が思いやられるぞー」

「はいはい、すみませんでした!」

「アヤちゃんに教えちゃうぞー」

「姉さん、脅しは勘弁して下さい。というより、もう喋ってますよねえ」

「あれー、バレてたあ?」

「当たり前です。先週、綾香ちゃんに『ユーちゃんは高校生にもなってメグに起こされてるなんて10年前と全然変わってないね』とか言われて、危うくクラスのみんなにバレそうになって冷や汗をかきました」

「まあまあ、全国に男子高校生は百万人以上いるけど、姉にここまで愛されてる男子高校生はいないと思うけどなー」

「はいはい、それは分かりましたから、いい加減に僕の横から離れて下さい!」

「いいじゃん、別に減るモンじゃあないし・・・」

「読者に変な妄想を掻き立てる事を言わないで下さい!この小説はR18指定じゃあありません!」

「ゆーすけー、読者とかR18とか、何の話なのー?」

「そ、それは・・・とにかく、僕が起きれないから早くどいて下さい!」

「はいはい、名残惜しいけど諦めます」

「『名残惜しい』の使い方が間違ってるような気がするけど・・・」

「雄介、何か言った?」

「いえ、別に・・・」


 いつもの事だけど父さんたちは仕込みで忙しいから、朝食は姉さんと二人だ。

 朝食には玉子がつきもの、というより、99%の確率で我が家の朝食には何らかの卵料理が並ぶのだ!

 なぜならば・・・


 山田さんから玉子を貰う

  ↓

 お返しに『やきとり弁当』を山田さんに渡す

  ↓

 そのお返しに山田さんから玉子を貰う

  ↓

 お返しのお返しに山田さんに『やきとり弁当』を渡す


 この繰り返しが僕の生まれる前から続いてる。ほぼ1週間に2回玉子が届くから、普段通りなら昨晩か今朝、山田さんが玉子を持ってきている筈・・・


「あれっ!玉子料理が無い!!」

 僕は食卓に並べられた料理を見て思わず叫んでしまった!並んでいたのはさばの塩焼き、法蓮草ほうれんそうのお浸し、豆腐の味噌汁、納豆で、玉子を使った料理が一切無いのだ!

「あらあらー、雄介はそんなに玉子が欲しかったのー?」

「違う違う!普段通りなら山田さんが玉子を持ってきている筈なのに、玉子が無いのはおかしい!」

「まあ、そう思うのも無理ないけどー、本当は玉子があるのよねー」

 そう言ったかと思ったら姉さんは冷蔵庫を開けてくれたけど、たしかに昨日の夕方には無かった玉子が並んでる・・・けど、数がいつもより少ない?あれ?

「・・・20個しかなくて、しかも袋に入れてあるって、どういう事?」

 僕は思わず姉さんに聞いてしまったけど、姉さんはニコッとしながら答えてくれた。

「えーとねえ、これは美樹お姉ちゃんが予約済の玉子なんだけどー、20個予約してたところへ山田さんが20個だけ持って来たから、今回は我が家の分は無しでーす」

「マジ!?」

「そうだよー。だから明後日まで玉子無し」

「えー、そんなあ」

「それともスーパーで玉子を買ってくる?いつもはタダだけど玉子の値段を見たら雄介も考え直すと思うけどねー」

 そう言うと姉さんはニヤニヤしたから、僕は玉子を諦める事にした。

 朝食に玉子があるのが当たり前、そういう考えが定着しているから玉子料理オンパレードに文句の一つも言いたくなるのだが、逆に玉子が無い事で文句を言ってしまうなんて・・・人間、ホントに不思議な生き物ですねえ。


「「いただきまーす」」


 まあ、仕方ない。玉子の有難味を再確認したと思って素直に食べよう。


 いつのも事だが我が家のテレビでは朝の情報番組が時計代わりになっている。いつも通りの時間に占いコーナーは始まった。


 今日の1位は射手いて座だった。


「あーあ、今日も1位じゃあないねー」

「姉さん、双子座が毎日1位でないとダメなんですかあ?」

「そんな事は無いよー。ただ、1位だと気分がいいでしょ?」

「まあ、たしかにそうだけど・・・」


『・・・3位の双子座さんは、困っている人を助けてあげると後で恩返しがあるかもしれませんよー。ラッキーアイテムは「コインケース」です』


「雄介!今日は財布の代わりにコインケースを持って行くわよ!」

「ちょ、ちょっと姉さん、本気ですかあ?」

「あったり前よ!これで困っている人を助けて『鶴の恩返し』じゃあないけどバンドメンバーになってもらうわよ!」

「姉さーん、困っている人が男だったらどうするんですかあ?」

「うっ・・・それを全然考えてなかった・・・」

「仮に困っている人がうちの学校の女子だったとしても、運動部のレギュラークラスだったら絶対にバンドに入りません。せいぜい『やきとり弁当』を買ってくれる程度です!」

「はいはい、その通りですね!うちの学校の生徒でなかったらバンドメンバーに加われないから、あくまで私の個人的願望ですよーだ!」

「その割に目は真剣でしたねえ」

「雄介、何か言った?」

「いえ、別に・・・」


 たしかに姉さんの言いたい事も分かる。

 北条ほうじょう先輩と咲耶さくや先輩率いる『世界神話創世隊』には、既に体験入部の女子が4人ほど訪れていて、そのうち1人は既に入部届を出しているし、もう1人も本気で同好会に加入する気でいるようだ。これは寿ことぶき先輩が金曜日に教えてくれたから間違いなさそうだ。

 それに引き換え・・・姉さんたち『glassガラス slippersスリッパーズ』は土曜日の話ではないが毎日暇を持て余しているようだ。

 昨日の夕飯の時にも姉さんがボヤいてたけど、姉さんたちは先週は毎日、放課後の第二音楽室で誰かが来るのを心待ちにしてたけど入部者や体験入部どころか見学者も来なかったらしい。

 元々、第二音楽室自体が『桜高の僻地』とまで揶揄されている旧校舎3階にあるのだから、普通の人だったら、そこに行くのも面倒臭いから足を運びたくない。こればかりは後発組だから仕方ないけど、サークルに対して楽器や活動場所を与えてくれただけでも超特例扱いなのだから、有難いと思わないと天罰(?)が下りそうだ。


 僕と姉さんが食べ終わって食器を洗い終わる頃、美樹ネエが耕平を連れてやってくるのも普段通りの事だ。


 僕と姉さんが着替え終わって、リビングでテレビを見ている傍らで耕平がご飯をボロボロとこぼしながら食べているのも普段通りだ。


 でも、ここから先が去年と変わっている!


”ピンポーン”


「ゆうすけー、カノジョさんのお迎えよー」


 美樹ネエがモニターを見るまでもなく僕に声を掛ける。耕平も「にーにー、おむかえだよー」とか言ってるし、ホントに勘弁して欲しいのだが、美樹ネエは誰が玄関の呼び鈴を鳴らしているのか母さんから聞いてるにも関わらず揶揄っている。耕平は言ったところで理解しているのか分からないけど。

 先週の火曜日だけは姉さんがいなかったから僕が玄関の扉を開けたけど、それ以降は姉さんが扉を開けている。今日は姉さんがモニターを見るまでもなく玄関へ直接行って、ドアアイ、じゃあなくてピープホールを覗き込んでから扉を開けた。


Goodグッド morningモーニング!」


 朝から流暢な英語でグッドモーニングなどと挨拶してくる人は一人しかいない!そう、綾香ちゃんだあ!!

「おっはよー!」

「メグ、行くよー」

「いいよー。ゆーすけー、早くしないとお姉ちゃんは先に行っちゃうわよー」

 はあああーーー・・・僕が一緒に行かないと怒るのは姉さんの方なのに、どうしてこういう事を言うのかなあ。ま、それを言ったところで始まらないけどね。

 綾香ちゃんが住んでるマンションから学校へ行くには、必ず我が家の前を通る。だから綾香ちゃんは昔からの誼で玄関の呼び鈴を鳴らす。綾香ちゃんが誘ってるのは姉さんであって、僕はに誘われているに過ぎない(と僕は思っている)けど、姉さんが「一緒に行こう」と言ってる以上、僕に拒否する権利は無い(?)


「「「行ってきまーす」」」

「「いってらっしゃーい」」


 こうして、2年生になってからは、僕と姉さん、綾香ちゃんの3人で登校するのが当たり前になってしまった。


 しかも、僕の左には姉さん、右に綾香ちゃんが並んで歩いているのだから、知らない人が見たらハーレムなのか、それとも逆に修羅場なのか、それは人によって感じ方が違うだろうから分かりませんけど、このまま学校へは約20分、綾香ちゃんと姉さんは僕を間に挟んで女子同士でトークしてます。僕が間に入ってる事で逆に邪魔になってると思うんですけどお・・・


「・・・アヤちゃんはどこの部に入るのー?」

「まだ決めてないよー」

「野球部の大石おおいし先輩が『野球部の総意として龍潭寺さんをマネージャーに誘ったけど速攻断られたから、オレは部員から無能な部長に認定されちゃったよー』とかボヤいてたよ」

「すみませんねー。ボクはbaseballベースボールには興味ないからー」

「たしか女子バスケ部の部長の名木なぎ先輩もアヤちゃんを熱心に誘ってたよねえ」

「あー、それは事実だけど、素人だからボクの方から遠慮させてもらったよ。あとvolleyballバレーボールも同じ理由で断ったよ」

「あらあらー、たしか女子バスケ部は中学でバスケをやってた子と身長165センチ以上の女子を全員リストアップして張り切ってた筈なのに、私の記憶が間違って無ければ、ほぼ全員にフラれた事になるよー」

「というと、今年もやっぱりBigビッグ threeスリーは健在なのかねえ」

「だと思うよー。それより花澤さんとウィリアム先生がアヤちゃんを英会話同好会に熱心に誘ってるけど、そっちはどうなの?」

「英会話同好会が熱心に誘ってくれるのは有難いけど、折角日本に戻ってきたのに英会話はちょっと勘弁して欲しいよ。だけどボクに茶道部とか華道部のような大和やまと撫子なでしこは無理のような気がする」

「結局、どこにするのか決めてないという事?」

「うーん、ボクはどこにするかまだ迷ってるんだ。けど帰宅部でもいいかなあとも思ってるよ」

「じゃあさあ、女子ロックバンドサークルに入ってよー」

「考えておくよー」

「そう言わずにさあ」

「まあまあ」

 そうか、綾香ちゃんは女子ロックバンドサークルに入る気は無いのか・・・こればかりは僕も強制できないし、姉さんも強制できないのが分かってるから無理強いしてない。でも、姉さんの本音は誰もいいから加入して欲しいはずだ。それは今朝の占いコーナーでの発言を見ても明らかだ。

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