第13話 それじゃあ、ボクと一緒に行こう!

 姉さんが登校してから間もなく30分になる・・・


 そろそろ普段の登校時間になる・・・


 僕は既に制服に着替えてリビングでテレビを見ているけど、今日も美樹ネエが耕平を連れて朝食を食べに来ている。美樹ネエに言わせれば『金原きんぱら家の食費節約』だけど、本当は片付けるのが面倒くさいだけだと思うけど・・・そんな耕平も当たり前のように美樹ネエと一緒に朝ご飯を食べている。さすが幼稚園児だけの事はあって、「たまご焼き、だーいすきー」とか言いながら贅沢も言わずにニコニコ顔で食べているのは立派の一言だ(?)。幼稚園児にご飯をこぼすな、と言っても無駄なのは分かりきってるけど、相変わらずではあるがテーブルの下にはご飯粒やたまご焼きの欠片がボロボロ落ちているのは正直笑えるけどね。


”ピンポーン”


 あれっ?玄関の呼び鈴?こんな朝早くから一体誰だあ!?


「あー、ぼくが出るー」

「耕平!食事中です!!」

「えーっ!つまんないなー」

「雄介、悪いけどわたしの代わりに出てー」

「へっ?・・・僕ですかあ!?」

「当たり前です!テレビを見てるだけだからいいでしょ!!」

「はいはい、分かりました」

 あーあ、面倒臭いなあ。

 ま、仕方ない。実際、僕はテレビを見る以外は何もしてないのも事実だからなあ。

 僕の位置からはモニターに行くよりは直接玄関に行った方が早い。だから僕は立ち上がって玄関へ行って、扉についているドアアイ(作者注釈:ドアについている覗き穴の事です)を覗き込んだ。


「!!!!!」


 おい、ちょっと待て!!


 扉の外にいる人物は・・・明らかに桜岡高校の制服を着ている!しかも、間違いなく髪の色は栗色だあ!

 この二つから想像される人物は唯一人・・・嘘だろ!?


 僕は心臓バクバクになって手は汗だらけになっているけど、とにかく深呼吸して心を落ち着かせると静かに扉を開けた。

 そこにいたのは・・・


Goodグッド morningモーニング、ユーちゃん!」


 そう、そこにいたのは綾香あやかちゃんだあ!しかも御丁寧に鞄を両手で持ってニコニコしている様は、まさに「お迎えに上がりました」と言わんばかりだ!!

「お、おはよう・・・」

「ユーちゃーん、何を朝から元気の無い声してるんだい?」

「あー、いやー、そのー・・・ドアアイを見たら、うちの学校の制服を着た子が立っていたから・・・」

「ドアアイ?何それ?」

「えっ?ドアアイは英語じゃあないの?」

「はあ!?ドアアイって、もしかしてdoorドア eyeアイ?」

「多分・・・」

「だいたい、doorドア eyeアイって、何の事?」

 綾香ちゃんはそう言って僕のところへ詰め寄ってきたから、仕方なく僕は玄関ドアの覗き穴を指差しながら「これがドアアイだけど」と教えてあげた。

「これがドアアイ!?・・・」

「綾香ちゃーん、もしかして・・・ドアアイは和製英語?」

「多分ね。少なくともボクは知らないよ。peepholeピープホールなら知ってるけど」

「あー、たしかに英語で『覗き穴』の事をピープホールって言うからね」

「ユーちゃーん、ピープホールじゃあないよ、peepholeピープホールだよ」

「はいはい、すみませんでした!どうせ僕はネイティブな発音は出来ませんよーだ」

「だよねー。昔と全然変わってないよねー」

「どうせ平山家はジャパニーズオンリーですよーだ。綾香ちゃんのところのように家の中では英語オンリーとは違いますよーだ」

「ユーちゃーん、それは言い過ぎだよー。英語10割ではなく9割に訂正して欲しいなあ」

「じゃあ聞くけど、9割英語として、残る1割は何だよー」

「『もしもし』だよ」

「『もしもし』?なんだそりゃあ?」

「日本で電話が掛かってきたら九分九厘、日本人なんだから『helloハロー!』じゃあなくて『もしもし』と答えるのが当たり前だろー」

「た、たしかに・・・」

「だからさあ、逆にボクはクセになっていて、Londonロンドンでも『もしもし』って言ってたら、今日子とか美奈子のような日本人学校の子ならともかく、SofiaソフィアとかNancyナンシーまでもが『モシモシ、アヤカデスカ?』などと変な日本語で電話してきたくらいなんだぞー」

「それ以外は普段から英語を使ってるならネイティブな英語が使えるのは当たり前だぞー!どーせ僕は生まれた時から英語に慣れ親しんでる綾香ちゃんとは違いますから」

「そうでもないよー。ボクもLondonロンドンでは苦労したよ」

「どういう意味?」

「たしかには GrandpaグランパLos Angelesロサンゼルスの生まれだからボクもAmericanアメリカンな英語だけど、ユーちゃんも知ってるとは思うけど、BritainブリテンAmericaアメリカでは、同じ英語圏でも微妙に発音が違ったりspellスペルaccentアクセント、さらには使い方そのものが違うのがあるよ。だからLondonロンドンに行った最初の1年は違いに面食らったからね」

「だからと言って僕は遠州弁と東京の違いもロクに分かってないのにイギリスがどーのこーのとか、アメリカがどーのこーの言われても同じ英語だとしか言いようがありません!」

「ユーちゃーん、ここは日本だから日本語を使えばいいんだよ。お父さんやお母さんだって、来客があった時は普通に日本語で喋るんだからさあ」

「た、たしかに幼稚園の頃に何度か綾香ちゃんの家に遊びに行った事があったけど、普通に日本語で会話できた・・・」

「だろ?だからボクには普通に日本語で喋ってくれれば問題ないよ。10年前と一緒でいいんだよ」

 たしかに僕は10年前も今も綾香ちゃんには日本語でしか喋った事がない。いや、僕のカタカナ英語を綾香ちゃんの前で使う度胸が無いとでも言おうか、使える代物しろものではない!生まれてからずっと英語に慣れ親しんでいる流暢な発音は姉さんどころか翔真や香澄さんでも無理だぞ。僕に至っては殆どカタカナ英語だからなあ、とほほ・・・

「・・・ところでユーちゃん、メグは?」

「ん?姉さんなら30分も前に登校したよ」

「うっそー!そんなに早く行くのー?」

「今日だけだよ」

「それって、どういう意味?」

「あー、それはですねえ」

 たしかに転入生である綾香ちゃんは今日が何の日なのかを知らないのは当たり前かもしれない。だから僕は出来るだけ簡潔明瞭に綾香ちゃんに、姉さんが普段よりも早く登校した理由を説明した(つもりです)。

「・・・あー、たしかに昨日、メグがそんな事を言ってたような気がするなあ」

「今頃は必至になって1年生に猛アピールしてる筈だよ」

「ユーちゃーん、アピールじゃあなくてAppealアピールだよ」

「はいはい、すみませんでしたあ」

「まあ、それはいいとして、という事はユーちゃんしかいないの?」

「そういう事です」

「これから学校へ行くんだよね?」

「うーん、たしかに今から出ようかと思っていたところだよー」

「それじゃあ、ボクと一緒に行こう!」

「はあ!?」

 おい、ちょっと待てどころの騒ぎではないぞ!この発言が意味することは・・・こんな事をしてるところをクラスの連中に見られたら何と言われるか・・・想像しただけで寒気がするぞ!!

「ちょっとー、『はあ!?』は無いだろ?」

「あー、スマンスマン」

「昔はこうやって何度も幼稚園へ一緒に行っただろ?」

「た、たしかにそうだけど、それは10年も前の話だろ?」

「10年前の事を今やってはならない、などという法律が日本にはあるのかい?」

「そ、それは・・・」

 たしかに綾香ちゃんの言うとおり、高校生になったら幼稚園の頃と同じような登校をしてはならない、などという法律も条令もないし校則にもそんな事は書かれてない。でも、ホントにいいのかあ!?

「・・・おーい、どうするー?」

 綾香ちゃんはニコニコ顔で僕の返事を待ってるけど、僕は決断できずにいた。

 たしかに内心では「噂の美少女転入生、僕と一緒に登校する!」などいう、ラブコメ小説の一節を具現化したような事をやりたいという願望があるのは事実だ。でも、その反面、そんな事をしたらクラスの連中に何と言われるか分からない・・・


 で・・・僕はというと・・・ちょっとだけ悩んだけど・・・


「「行ってきまーす」」

「「いってらっしゃーい」」


 結局、自分の本心に素直に(?)従う事にした・・・


 美樹ネエは最初は綾香ちゃんが家に入ってきた時には驚いたような顔をしていたけど、結局は玄関のところでニコニコ顔で僕を見送ったし・・・というか、美樹ネエは綾香ちゃんの事を母さんたちから聞いてないのかよ!どう考えても勘違いしてるとしか思えないぞ!その証拠に「ニヒヒヒヒヒ」とかいう意味深な笑いは勘弁してくれえ!しかも耕平まで「にーにー、いってらっしゃーい」とか大声で右手を振りながら見送る始末だ、とほほ・・・

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