第16話 女心

「取りあえずだ、昨日の精算もある。俺は今からギルドへ報告に向かおうと思う──」

「──ギ、ギルドですか!」


 メイド服のシャルが、怖い顔をして大声で俺に詰め寄る。

 落ち着きのあるイメージだったので、その行動に虚を衝かれ、内心驚いた。


「ど、どうしたんだシャル……急に大きな声を上げて」

「私も着いていきます! マサムネさん、お願いします。どうか連れていって下さい!」


 連れていけって……自分が怪我人だってことを忘れていないか?


 しかし、彼女の様子を見て気づく。

 昨日も見た眼だ。彼女の様子からするに、坊主の事が気がかりなんだろう……っと。


「君は足の事もある、ここに残りなさい。彼の事は俺が聞いておく。これは雇い主の命令だ……」


 仲間を思う彼女には酷な話だけどな……。

 しかし、だからこそ彼女は連れていけない。

 もし、未だに坊主が帰って来ていなければ……彼女は探しにダンジョンへ戻ると言い出しかねないからな。


 シャルは悔しそうな顔で「でも……」っと手を握り力を込めるものの、その手は開かれ、だらりと垂れ下がる。


「君が出向いても結果は変わらないさ、人混みで怪我が悪化でもしてみろ、目も当てられないぞ?」

「確かに、私が行った所で彼が助かる訳でも無いですよね……」

「……そう言うことだ。彼が大怪我をして戻ってきているかもしれない。何があってもいいように、先立つものをしっかりと準備しておくんだ、例えそれが、ほんの少しの金額でもな?」


 シャルは、血が出るのではないか? っと言うほど唇を噛み締める。


 自分の感情を圧し殺せるのか……さとい子だ。

 ただ、言葉では納得したようにも聞こえても、その表情はそうは言っていない。


「準備の大切さは、俺がダンジョンで教えただろ?」


 シャルの肩をポンッっと叩くと、彼女は「はい……」っと一言だけ返事し、俺を見つめた。


 青く美しい、瞳に涙を浮かべて──。


 仲間を思う、彼女のガラス玉の様な瞳に、自分が写し出された様な気がした。

 俺が彼女立場であれば……今の会話で、すべて納得が出来るだろうか?


「──も、もし、坊主まだダンジョンから出てこない様なら、俺が捜索依頼を出しておく。費用は君の給料から天引きだ、いいな?」

「は、はい──よろしくお願いいたします!」


 真剣な顔で頭を下げる際、少しだけほころんだ彼女の顔を見ると、アーセナルを担ぎ建物の外へと向かう。


「それじゃ、留守番を頼んだぞ? 俺が出来る限りの事をしておく。君は笑顔で客を迎えてやってくれ。売り上げ次第じゃ、ボーナスも考えてやる」

「……はい!」


 ドアノブを開き、外へと出た。そして、店の外に出るなり頭を抱える。

 どうしてこうも、俺は女性の涙に弱いのだろうか……っと。


「はぁ……余計な安請け合いしてしまったな」

「──本当ですよ、あんなこと言って大丈夫なんですかぁ? 捜索費用も馬鹿にならないと思うけど……。それとも、マサムネさんはお金持ちなんですか?」

「普通の武器屋だぞ。蓄えに余裕があるわけがないだろ?」


 自分でも分かっている……一度パーティーを組んだだけの相手に踏み込みすぎていると。

 だからと言って、俺にも責任の一端があるからな、見過ごせる訳もあるまい。


「それにしても、彼女は本当仲間思いだな……俺も若い頃は……」

「──マ、マサムネさん。それ、本気で言ってるのかな!?」


 サクラは大きな目を、更に見開き、驚きの表情を見せる。

 そして、俺の顔を見て呆れて見せた。


「い、意外ですね……。マサムネさん、そっちの方は鈍いんですか。シャルちゃんはロキ君が好きなんですよ、見ていたらわからないですかねぇ?」

「あ~……なるほど、そう言う。確かに鈍いのは自覚しているが。そうか、それで……」


 あの坊主の何処に魅力が……。

 そんなことに頭を悩ませつつも、ギルドに向かった。

 女心……それはダンジョン攻略よりも、奥深いものなのかもしれないな。

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