第10話 記憶と葛藤

 腕を修復していたゴーレムの左手は、完全に修理が済んだみたいだ。

 目に見えた範囲では外傷はなく、甲冑の一部が外れただけの状態……。


 それに対して、こちらは怪我人が一人と、御荷物が一人。

 まともに戦えるのは、年端も行かぬ少女、ただ一人だけ。


「後悔しても知らないぞ? この先は俺が指揮しきる、異論はないな!?」

「えぇ、分かったわ!」


 考えろ……今から何をするべきか。そして、どんな手順を踏むべきか。

 このピンチを乗り越えるには、どんな無駄も命取りだ。最適解を見つけ出せ!


 俺が成すべき結果──それは、全員を生きて帰すこと!!


「シャルの出血が酷い、止血をしながら打開策を考える。サクラには悪いが、一人で奴を惹き付け相手をしてもらう!」


 ゴーレムは剣を構え、赤い瞳でこちらを見据えた。向かってくるのも時間の問題か……。


「サクラ、恐怖に思うかもしれないが、なるべく距離を詰めろ。兜で視野が狭い、距離を置くよりは死角に入りやすいはずだ。ただ、体を使った打撃には注意しろ」

「それは……とても難しい要望ね。次のリーダーは、中々に無理を言うみたい」


 確かにこれが、あの坊主相手ならこんな指示は出さない。


「無理を言っているのは百も承知だ──でも俺が保証する! サクラ、お前ならできる!!」

「そこまで言うなら……生きて帰ったらご褒美を要求しちゃおうかなぁ? そうね、例えばマサムネさんの正体とか」


 まったく、こんな時に──したたかな娘だ。しかし、それでやる気を出すなら……安いものだな。

 

「分かった、約束する……気になるなら、無事に役目を果たしてこい!!」

「──まかせて!」


 返事と共にサクラは駆け出した。彼女に任せ、俺は急ぎシャルの治療を!

 

「いや、いやいや! 死にたくない、死にたくないです──ロキさん助けて、ロキさん!!」


 シャルは先程の恐怖のためか、もうすでに見えない小僧に向かい、一心不乱に助けをい、必死に体をずる。


 混乱している……暴れると出血が酷くなる。ゆっくりとしずめる時間もないか──仕方がない!


 俺は「落ち着け!」と、シャルの頬を強めに平手打ちした。

 突然の頬を打たれた彼女は、驚きのあまり黙り込む。


「シャル、君は自分の傷を治すことは出来るか!?」


 俺の問いかけに、彼女は首を横に振り、指をさした……その先には、魔石が砕け使い物にならないロッドが横たわっている。


 意味を理解した俺は、アーセナルの中から救急セットと、小型のワンドを取り出した。


「死にたく無ければ、このまま大人しくしていろ。今、簡単な応急処置をする。小型で慣れない杖だ、完治させろと言わないが、傷を塞ぐ位は出来るか?」


 アーセナルから水を取り出し、傷口に掛ける。そして、清潔な布で傷口を圧迫するようにして、その上から別の布で縛り付けた。


 彼女の表情は歪み、痛みを堪えながら首を縦に振る。

 思ったより傷が深いな……腱が切れている可能性がある。


「良い子だ、大丈夫。君は俺達が助ける、今は傷を塞ぐ事に専念してくれ」


 怪我より心臓に近い、彼女の膝下辺りを適当な布で縛り上げる。

 ここでは輸血は出来ない……血が止まってくれれば良いが。

 

 そんな中、交戦中のサクラの方からは、金属音が響く。その音が気になり、視線を向けた。


「驚いた──想像以上だ……」


 先程の攻防では、時間を稼ぐのが精一杯だった彼女とは、まるで別人のようだった。

 ゼロ距離にも等しい距離で、ほとんどの攻撃を避けきっている……。

 避けきれない攻撃に関しても、力が入りきらない出だしの部分を見極め、前に出ながら受け流している。


 まったく、目まぐるしい成長だ!


 ただ、このままでは勝ち目がない。

 どれだけ反撃しようと、サクラの剣で相手に傷を付けることは出来なかった……。


 状況が──あの時に似ていた。

 負傷者を抱え、少女を一人最前線に立たせる……。

 そんな、絶体絶命の何時いつぞやを思い出す。


「俺は……何を悩んでるんだ。悩むことなど無いだろう!?」


 今のサクラになら、アレを託すことができる……。


 しかし恐怖で手が震え、汗が流れる。焦点が定まらず、目眩が……。落ち着け、今はあの時とは違う!


 俺はアーセナルを肩から下ろし、その場に置く。深い呼吸の後、シャルに声を掛けた。


「すまないシャル、このバックを離さないように触れていてくれないか?」

「わ、分かりました……。でも貴方は、何をする気なんですか?」


 アーセナルの中から、片手で持てるだけの魔石を取り出し、もう片手で一振りの剣を抜いた。


 今やら無ければ、全滅は必至ひっしだ。元より──選択肢などない!


 俺は、シャルに目一杯の笑顔を向ける。


「俺は“作る者”だぞ? 何かを作る以外、何もないだろ」


 強がりだった……。本当は、考えるだけでとても恐ろしく、不安で、今にも吐いてしまいそうだ。


 でもこうなった以上──覚悟を決めるんだ、俺!!


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