諦めるが聴きたい

 魚の骨がチクリと喉の奥を刺した。

「まだ諦めないの」

 もう丸二年になる。彼は私に好意があるらしく、私は彼に好意がないらしい。

「だってユミちゃん、あと少しで振り向いてくれそう」

「それ本気?」

 彼はいつもどおり苦い顔を浮かべている。「私が毎回あなたに会いに来ているのは、諦めてもらうためだから」

「そっか。でも今日も楽しかったよ。ありがとう」

 こんな調子で彼はとんだ勘違いを続けている。彼といる時間が楽しくないと言ったら嘘になる。いや、楽しかったところで何があるわけでもない。彼のくだらない話に聞き入ることも、彼はいったい何を見ているのだろう、とその視線の先を追うことも、彼との単純な物理的距離を近づけることも、すべて彼のことが好きだから起こることではない。誰とでも、時間が経てばこうなっていくものだ。彼の言葉がどんなに私の心を温めようが、彼の私以外との付き合いをどんなに気にしようが、彼との沈黙を美しく感じようが、会話を望もうが、私は彼のことを好きではない。彼のことを好きになることなど、あり得ない。

「今日は、ちゃんと言おうと思う。あなたには、世界で一番幸せになってもらいたいし、私に勝る世界で一番素敵な女性と結ばれてほしい。これは本気」

「そう思ってくれて本当に嬉しいよ、ありがとう。でも、僕が世界で一番幸せになるためには、やっぱりユミちゃんが必要だ」

 恥ずかしい人だ。可哀想な人だ。私が聴きたいのはこんな綺麗な言葉じゃない。もっと、心底から哀しみに溢れた言葉だ。彼のもっと汚れたところが見たい。私の知らない彼を見てみたい。

「諦める」が聴きたい。その言葉一つで、きっと彼は前に進めるだろう。そして、たぶん私は気づくのだろう。彼がいなくても生きていけてしまう自分に。私がいなくても生きていけてしまう彼に。そして、いずれまた会うはずの彼のことを、ずっと考えてしまうのだろう。彼は幸せになれただろうか、私の知らない彼を、ちゃんと見てくれる誰かは現れただろうか。そうやって、彼のことをいつまでも考えてしまうのだろう。

 引っ掛かった魚の骨が、ようやく喉を通り過ぎた。

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