手紙の相手

 彼に会うのは、これで何度目だろうか。帽子を深く被った彼は、真面目な表情で、私のことをまっすぐ見つめる。その度、自分の頬が赤く染まっていくのがわかる。彼は気づいていないのだろうか。それとも気づいていないふりをしているのだろうか。表情を全く変えることなく、さも仕事の上での付き合いであるかのように、私に手紙を差し出す。

 受け取った手紙を読むために部屋へ戻り、しっかりと扉の鍵を閉め、窓の鍵もしっかりと閉める。もしものことが起こらないように、扇風機のコンセントも抜いておく。この手紙を読む時は、決まってこうすることにしている。どんな音にも邪魔されたくないからだ。

 緊張しつつも、どこか安心して、ゆっくりと封を切る。この瞬間がたまらない。


  返事ありがとう。あんまり早いからびっくりしたよ。


「えぇ。だって、あなたの顔が早く見たいのだもの」


  僕も君のことが好きさ。何度も言っているだろう? 僕には君しかいない。


「私は、あなたの口から直接聞きたいの。それに、信じられないわ。あんなに冷めた顔をするのだもの」

 一行読む毎に、思ったことを口に出さずにはいられなくなる。手紙には、私への愛が詰め込まれていた。しかし、信じることは出来なかった。彼の表情は、いつでも固いままだったからだ。

 手紙を読み終えると、すぐに返事の手紙を書き始める。一文字ずつ、手を抜くことなく想いを込めていく。そうして数時間かけて書き終えた手紙を、数十回と読み返す。


  次に会う時は、あなたの口から「愛してる」という言葉を聞かせて。


 大事なことは書いてある。書き慣れた宛先も、しっかりと記入してある。確認を済ませると、一番のオシャレで外に出る。手を抜くことは許されない。一番のオシャレで向かう先は、街の外れにある、小さなポストの前だ。彼に直接渡すことはしない。受け取るだけでも、熱くて溶けてしまいそうになるのだから、渡せるわけがない。しかし、直接渡せてしまうことも、同時に願っている。

 このポストを利用するのには、私なりの理由がある。以前、このポストの中身を漁っている彼の姿を見たことがあるのだ。彼は、いつものように帽子を深く被り、真剣な顔つきだった。だらだらと流れる汗を拭うこともせず、とにかく手紙を探すのに夢中だった。

 きっと彼は、私からの手紙が待ち遠しいに違いない。その時から、手紙を出す時は、このポストと決めている。一番早く、彼に届けてくれるのは、このポストに違いないからだ。一番早く届けてくれるポストと、もしもばったり出会ってしまった時のための、一番のオシャレ。

 手紙を入れるための穴に、数時間の力作を静かに通す。パサ、という手紙の落ちる音が、また私をドキドキさせる。もう書き直せない。変なことを書いていないだろうか。大丈夫、何度も読み返したから。


 数日後、彼は私の前に現れた。「好き」という言葉を聞くために、熱のこもった耳の穴を、これでもかというほど大きく広げた。しかし、帽子を深く被った彼はいつもと変わらない真面目な表情で、さも仕事の上での付き合いであるかのように、鞄から取り出した手紙を私に差し出すと、何も言わずに帰ってしまった。

 涙をこらえて部屋に戻る。しっかりと扉の鍵を閉め、窓の鍵もしっかりと閉める。もしものことが起こらないように、扇風機のコンセントも抜いておく。

 ゆっくりと封を切る。


  もちろんさ。次に会う時は、何度でも言うよ。

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