教えてっ、クラスメイトに会っちゃったけどどうすればいい?

 夏に連れられて渋々靴屋に向かう途中で、俺は大切なことに気がついた。


「金がない……」


「えぇ……?」


 服屋で想像以上に持っていかれたのが誤算だった。


 いやちょっと待て。俺今日10万円も下ろしたんだぞ? それが半日足らずで無くなるとか……お金がかかりすぎだろ。


 くぅ〜。


 それに腹も減った。プチファッションショーによる疲労のせいでお昼ご飯を食べるのも忘れてたぜ。


 というか女になったら腹の音まで可愛くなるんだな。新発見だ。


「とりあえずどうする? ご飯は帰ってから食べるにしても、今日中に靴は一足、あと靴下とかも買わないとダメなのよ?」


「靴下まで買うのか!? くっ、懐が寂しいぜ……」


 だがこれもまたTS道の試練。


 絶対に乗り越えてみせる!


「なぁ夏、確かここら辺にATMがあったような気がするんだが……」


「えぇ? わざわざ下ろすの? 靴は一足だけでいいし最悪靴下は買わなくてもいいのよ?」


「否。我がTS道がたかが金銭問題ごときに遮られるわけにはいくまいて! それに領収書を確保してあるからな。事情を話せば親が出してくれるだろ。……たぶん」


「それなら安心ね」


 そう言って夏はATMの場所を教えてくれた。


 それにしても意外と人が少ないんだな……。まぁ、少なくなかったら服屋であんなことできないか。


 こんなに人が少ないモールを見るのは初めてだから、テンションが上がって鼻歌を歌う。


 ……声が綺麗だと鼻歌まで綺麗になるのか。


 見ようによってはスキップにも見えるような足取りでATMに着いた。


 親が代わりに出してくれる(かもしれない)から思い切って大金を下ろす。


 財布に入れてカバンにしまい、ひったくりに注意して夏の元へと向かう。


 はぁ、財布とカバンも買い換えないといけなさそうだな。最終的には幾らかかるんだ?いくら親が出してくれると言っても罪悪感が心を痛める。


 だからと言って遠慮はせんがな!


 何事もなく無事に靴屋に着いたのだが……夏の隣に誰か人がいるぞ。


 ナンパ……には見えないな。あれは女か?


 気になったので俺も乱入しようかな。


 普通の女の動作は全部マスターしてあるから大丈夫だろう。


 問題は喋り方か?


 むぅ……一人称を私にして丁寧語で喋ったらなんとかなりそうだな。


 というわけでレッツゴー!


「あ、日向さん。遅くなっちゃって申し訳ないです」


「えっ、あっ」


 ふふふ、混乱してるみたいだな。俺が女に完全擬態してることに驚いたのか? 俺だってTPOをわきまえることぐらいできるわ!


「夏、この子は知り合い?」


「あっ、うん、えーと、近所の子なの」


「そうなんだ! 私は藤原ふじわら絢香あやか!あなたのお名前は?」


──え?


 こいつ、今藤原絢香って言ったのか?


 藤原絢香って言ったら……うちのクラスの、いや、学校のマドンナじゃねーか!


 見た目よし、頭よし、運動よしの三拍子揃った完璧超人じゃん! なんでこんなところでエンカウントするんだ!?


 いや、今はそんなことを考えてる場合じゃなかった。藤原から名前を聞かれて現時点でもうすでに十秒が経過している。何か言わないとさすがに不自然だ。


「は、初めまして藤原さん。私は──」


 とりあえず急いで偽名を考えないと。えーっとえーっとえーっと。


 ぐぅっ、何も思いつかない!


 仕方ない、ここは俺の必殺ポーズを使って有耶無耶にして逃げなければ。


 でもこの場面でどのポーズを使う? やばいテンパりすぎて思考がまとまらない!


 そんなとき、ちょうど靴屋の隣でやっていた福引きの係員が大きな音でベルを鳴らした。


 これだっ!


 俺は今朝夏にやった『ハジメマシテで堕とす乙女の感謝』をぶちかます。


 最初の『オトコを堕とすっ、可憐な乙女のポーズ No.24』さえハマって仕舞えばあとは簡単。


 つまりは最初が肝心。


 ベルの音に驚いたようにビクッと少し大げさに、しかしわざとらしさを感じさせない程度で体を震わせる。


 そのまま藤原に寄りかかり、あえて下を向いてプルプルする。


 下を向いているせいで藤原の顔が見えないのが少し怖いが、ここはゴリ押すしかない。


 さて、どのタイミングで次に移行しようかなと考えているところに、再びベルが鳴った。


 神は我に味方しせり!


 今度は「ひぅっ」と思わず声に出ちゃった感を演出しながら服を弱めに掴む&上目遣い+涙目コンボで藤原の顔を見上げる。


──勝ったな。


 藤原の顔はまさしく娘を心配する母親の顔だった。


「大丈夫?」


 そう言って優しく頭を撫でる。


 それを確認してからちょっとだけ間を置いて藤原から離れる。


 と、同時に夏へとアイコンタクトを送る。


『もうすぐで決める。逃走の準備を』


『了解』


 あとはトドメを刺すだけ。


「大丈夫、心配してくれてありがとっ、お姉ちゃんっ!」


「はうっ」


 藤原が胸を押さえて崩れ落ちた。


 その隙を見計らって夏と一目散に逃走する。


 逃走しながら考えた。


──そういや明日から学校が始まるのになんで逃げたんだろう。


 冷静に考えると別に隠さなくても良かったのだ。


 だってどうせ明日カミングアウトする予定だし。


 無駄な労力を使ったことと、まだ半日しか経っていないのに濃すぎる時間を送っていることに深くため息をつくのだった。

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