第178話 報復

「ワウッ!」


「キュッ!」


「おぉ! アルバ、ニール」


 重蔵と天祐との戦いを終えた限は、探知を使用してレラたちのいる地下通路へと向かった。

 そんな限に気付いた従魔のアルバとニールが、声を上げて迎える。


「レラは……、大丈夫そうだな」


 壁を背に座っているレラに視線を向ける限。

 周囲に倒れている人間や魔物の焼死体があるところから、戦闘をおこなったのだろう。

 大怪我を負って動けなくなっているわけでもないよう様子。

 どうやら魔力切れで気を失っているだけのようだ。

 そのため、限は安心したように呟く。


「ワウッ!」


「んっ? なんだ?」


 限に声をかけ、アルバはある方向に視線を向ける。

 何か言いたげのアルバに、限は首を傾げて問いかける。


「こいつ……」


 アルバの視線の先にいた者、それはオリアーナだ。

 まだ息があるところを見ると、どうやらこちらも気を失っているだけのようだ。

 オリアーナの姿を見た瞬間、限の頭には過去の映像がフラッシュバックした。

 研究所で自分を人体実験していたオリアーナの姿だ。


「ワウ……」


「キュウ……」


「あぁ、すまん……」


 昔のことを思い出し、限から殺気が漏れる。

 その殺気に反応したアルバとニールは、顔を青くして声を漏らした。

 その声を受けて、自分の殺気で従魔たちに恐怖を与えてしまったことに気付き、限は申し訳なさそうに謝った。


「さてと、こいつをどうするか……」


 自分があの研究所の地下から這い上がってきたのは、重蔵だけでなくオリアーナにも復讐を果たすためだ。

 その復讐相手のオリアーナが目の前にいる。


「ワウッ?」


 主人である限の復讐相手がここにいる。

 気を失っているのだし、サクッとやってしまえば良いのではないか。

 そんな思いでアルバは限に話しかける。


「……色々考えると、なんだかやる気が失せたな」


 殺そうと思えば簡単に殺せる。

 そう考えると、限は何故だか気分が乗らなかった。

 重蔵を倒したことで、自分が思っていたよりも満足しているからだろうか。

 それとも、オリアーナの始末はレラに任せたからだろうか。

 理由は限にも分からない。


「……アルバ。お前やるか?」


「ワウウッ!」


「そうか……」


 オリアーナへの復讐を果たす権利があるのは、自分とレラだけではなく、アルバもだ。

 限がアルバに出会ったのは、研究所の地下廃棄場だ。

 限たちのような人間だけでなく、研究所では色々な生物を使用した実験が繰り広げられていた。

 その中には魔物もいて、白狼のアルバも実験によって肉体に強力なダメージを負い、地下に捨てられて死にかけていたところを限が救い出したのだ。

 レラは魔力切れで、目を覚ますのはいつになるのか分からない。

 それなら、限は権利があるアルバに任せようかと問いかけてみる。

 しかし、アルバは主人やレラの標的を奪い取るようなことはしたくないのか、首を左右に振って断ってきた。

 やりたくないのにやらせるのは何だか気が引けるため、限はアルバの返答を受け入れた。


「……あっ! そうだ……」


 気を失っているオリアーナを前に、限は少しの間思考を巡らせる。

 そして、オリアーナにふさわしい復讐方法があると思いついた。






「おいっ! 起きろ!」


「う、う~ん……」


 オリアーナの顔をペチペチと叩き、目を覚まさせる限。

 それに反応し、オリアーナは目を開く。


「っっっ!?」


 起きたら限やアルバたちがいる。

 そのことに驚きながら、オリアーナは何が合って自分が気を失っていたことを思い出した。


「俺を覚えているか?」


「……検体番号、42番……」


「名前じゃねえのかよ……」


 限は、目を覚ましたオリアーナに顔を近づけて問いかける。

 その問いに対し、オリアーナは震えながらも返答した。

 覚えているのは覚えているようだが、名前ではないことが癪に障る。

 しかし、そのことは深く追求することなく、限はオリアーナに説明を開始することにした。


「お前、あの出口から逃走するつもりだったんだろ?」


「……え、えぇ……」


 地下通路の先には光が見える。

 城からの出口になっているのだろう。

 オリアーナのことだ。

 あの出口から抜け出して、またどこかで研究を再開するつもりなのだろう。

 その思いから少し離れた位置にある出口を指さして限が問いかけると、オリアーナは嘘を言って限の気を悪くしないよう、正直に返答した。


「良いぞ。逃げて」


「……えっ? でも……」


「あぁ、恐らくアデマス軍の兵が潜んでいる」


 限が自分に復讐しようとしているのは理解している。

 それなのに、どうして見逃してくれるのか分からない。

 そのため、オリアーナは限の言葉に戸惑いの声を上げる。

 逃げられるのは嬉しい。

 だが、出口の先にはアデマス軍の兵がいる可能性が高い。

 戦闘力のない自分では逃げられないと、オリアーナの表情には諦めが浮かんでいた。

 そんなオリアーナに、限はポケットからあるものを取り出した。


「だからこれをやる」


「……こ、これって……」


 限に手渡されたものを見て、オリアーナは驚きの声を上げる。

 それは、それに見覚えがあるからだ。


「そう。お前が作った魔物化薬だろ?」


 限が渡したもの、それは魔物化薬だ。

 オリアーナへの復讐方法を思いついた限が、城の地下研究施設に残っていた魔物化薬を取ってきたのだ。


「こ、こんなの飲むわけ……」


「いや、呑め・・!!」


「……えっ!?」


 魔物になんてなりたくない。

 他人には躊躇することなく投薬するのに、オリアーナは自分が使用することは拒否する。

 そんなことを許すわけがない。

 限は、渡された薬を投げ捨てようとしたオリアーナに、薬を呑むように命令した。

 魔物になんかなりたくないため、飲みたいわけがない。

 それなのに、限が命令したとたん自分の手が勝手に動く。

 そして、オリアーナは手に持っていた薬を口の中に放り込み、呑みほした。


「な、なんで……?」


 薬を呑んだのは自分の意志ではない。

 吐き出したいのに吐き出せない。

 自分の体が思い通りに動かないことに、オリアーナは涙を浮かべて限に答えを求めた。


「寝ている間に、お前は俺の奴隷にした。断ることはできないだろ?」


「そ、そんな……、いやっ!! 嫌よ!!」


 命令に従わせ、嫌がる薬を呑みほさせる。

 自分第一のオリアーナなら、そう言った反応をすることが予想できた。

 そんなオリアーナに薬を呑ませ、魔物化させてアデマス軍の兵に退治させる。

 それこそが、限の思いついたオリアーナへの復讐だ。

 説明を受け、自分の末路が思い浮かんだオリアーナは、絶叫するように悲鳴を上げるが、無情にも体が変化し始めた。


「さあ、行け!」


 薬で徐々に体が変化するオリアーナに対し、限は冷めた目で命令を下す。

 奴隷化されて断れないため、オリアーナはその命令に従って出口に向かって走り出した。


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