第142話 副作用

「その力……」


 光宮の様子を見て、彼が何をしたのか理解した限は、確認のために話しかける。


「強化薬の過剰摂取による副作用か?」


「その…とおり!」


 肥大化した肉体や魔力。

 使用すれば奴隷兵たちも同じ現象が起きるため、強化薬を使用したことは察しがついた。

 しかし、強靭な肉体を持つ敷島の人間なら、副作用など無く使用できるはず。

 だというのに、光宮が副作用のような症状が出ているということは、容量を守らず使用したのだろう。

 そう考えて問いかけた限に、光宮は頷きと共に返答した。


「貴様の…せいで、多くの…敷島の…者たちが…命を…落とした」


 菱山家に五十嵐家に始まり、多くの敷島の者たちが限によって葬られて来た。

 ヤミモ砦の時には、佐武家の者も殺された。


「そして…、貴様に…良いように…使われた…光宮家の…者たちの…恨みを晴らす!!」


 ヤミモの砦の時に掻かされた恥をすすぐつもりで、限の討伐に名乗りを上げたが、光宮の者たちを利用されて仲間に大きな被害を与えることになってしまった。


「貴様…だけは、何としても…ここで殺す!」


 何としても、恥の上塗りをされた怒りと、利用された光宮家の部下たちの恨みを晴らす。

 その決意により、光宮は自分の命をかけることを選択した。


「俺を殺すためだけに無茶したもんだ……」


 いくら敷島の人間でも、強化薬のような劇物を過剰に摂取すれば、副作用が起きることは分かり切っていることだ。

 例え、その甲斐あって自分を殺せたとしても、光宮の命はいつまでもつのか分からない。

 つまり、勝つためなら死んでも構わないということなのだろう。

 そんな光宮から向けられる強力な殺気を受けながら、限は呆れたように呟いた。


「死ねっ!!」


 限の態度に、自分の決意を舐められたと感じたのか、光宮は地を蹴る。

 そして、爆発的な速度と共に距離を詰めた光宮は、薙ぎ払いを限に放つ。


「っと!!」


「っ!?」


 これまでのように、限は光宮の攻撃に反応する。

 刀で薙ぎ払いを受け止め、またも吹き飛ばされた。

 しかし、その攻防はこれまでと同じではない。

 これまでは、光宮の攻撃を受け止めるたびに武器となる刀を破壊されていたが、今回の防御ではそうならなかったのだ。

 その結果に、光宮は目を見開いた。


「予備は大量にあるが、折られ続けるのは面倒だからな」


 壊れてない刀を見て、限は満足そうに呟く。

 少し前までの攻防で刀を何本も壊されていたが、これでもう壊されることはないだろう。


「思ったより魔力量が必要だったな」


 魔力を全身に纏うことで身体強化できるが、その応用で武器にも魔力を纏わせれば強化されて壊れにくくなる。

 敷島の人間なら当たり前にできる事だ。

 限も当然その技術を使用して戦っていた。

 壊れにくくなっているというのに、光宮の強襲で攻撃を受け止めた時に刀が壊れたのは、単純にその威力が高かったからだ。

 薬による肉体の強化と魔力を纏わせた刀による強化。

 その威力は思っていた以上に強力で、限でもその威力に合わせて武器を強化するのには少しの時間が必要だった。

 しかし、ピンボールのように何度も武器破壊と吹き飛ばしにあったが、少しの怪我を負うことでその時間も作れた。

 人体実験で痛みに鈍くなっているため、その怪我の痛みは感じないし、回復魔法が使えるのですぐに治せる。

 結果的に無傷の状態に戻るのだから、調整時間を作るためには細かい怪我なんて気にする必要はない。

 これまで倒した敷島の人間たちから奪っているため、刀は大量に所持している。

 とは言っても無限ではないため、これで無駄にストックを減らすことが無くなったことは喜ばしい。


「このっ!!」


 刀を壊せなくなったからと言って、特に問題はない。

 防ぐことはできているが、限は自分に攻撃することができていない。

 そう考え、光宮はまたも限との距離を詰めて斬りかかった。


「フッ!!」


「なっ!?」


 上段から振り下ろされた攻撃を、限は横に飛んで躱す。

 これまでは受け止めることしかできなかったというのに、急に攻撃が躱され、光宮は驚きの声を上げた。


「使う魔力を増やしたことを気付かなかったか?」


 武器に纏う魔力を増やした時に、ついでに全身に纏う魔力の量も増やしていた。

 それにより、移動速度も上がっている。

 これまで通り攻撃を受け止めるだけだと思っていたのだとしたら、薬によって洞察力が落ちているのではないか。

 攻撃を躱した限は、バカにしたように光宮へ問いかけた。


「それも薬のせいだな」


 光宮は、強化薬の過剰摂取によってとんでもない力を手に入れることに成功した。

 しかし、その副作用によって肉体は悲鳴を上げ、それに耐えるために意識が割かれ、敵への集中力が鈍くなっているのだろう。

 そうでなければ、限が纏う魔力を増やしたことに気付いていたはずだ。


「ハッ!!」


 何にしても、攻撃を躱したことで光宮に隙ができた。

 そこを逃さず、限は光宮の胴へと斬りかかる。


「くっ!!」


 胴へと迫る攻撃を、光宮は刀を動かしてギリギリのところで受け止める。

 その反応の速さに、限も感心する所だ。

 薬によって、反射神経も上がっているからかもしれない。


「でもっ!!」


「ぐっ!!」


 胴への攻撃を防いだのは素晴らしいが、限は防がれた時のことも考えている。

 限が狙ったのは光宮の左の腹。

 それを受け止めたことにより、逆の腹がガラ空きになっている。

 そこを狙って、限は蹴りを打ち込んだ。


「堅いな……」


 腹を蹴られ、光宮は表情を歪める。

 しかし、大してダメージを与えられていないことは、蹴った限にも分かる。

 というのも、蹴った瞬間、人ではなく岩を蹴ったのではないかと思うような堅い感触が伝わってきたからだ。


「フッ! なる…ほど……」


 薬の副作用によって、たしかに洞察力が落ちているかもしれない。

 しかし、その分、一錠使用した時以上に全身が強固になっている。

 刀による攻撃は危険だが、これで限の殴打による攻撃は警戒しなくても良いことが判明したため、光宮は笑みを浮かべた。


「そうと…分かれば……」


 薬の過剰摂取による利点と欠点は理解した。

 それならば、理解したうえで戦えばいい。

 そう考えた光宮は、またも限との距離を詰めて斬りかかってきた。


「……チッ!!」


 大振りはせず、細かい攻撃で攻めかかってくる。

 しかし、強化された肉体による攻撃は、その一つ一つがかなりの威力を有しており、回避・防御をしっかりしないと一撃でかなりの痛手を負うことになりかねない。

 肥大化した肉体に似合わない小技を駆使したイヤらしい戦い方に、限は思わず舌打をしたのだった。


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