第123話 攻守交替

「「「「「ウォーーー!!」」」」」


 敷斎側の兵たちが、アデマス軍の立てこもる砦に向かって攻め込んでくる。

 奴隷化され、強化薬を飲まされた兵たちだ。


「くっ!!」


 砦の防壁を登ってこようとする敵兵を、アデマス軍の兵たちは必死の攻撃で撃ち落としている。

 薬によって強化されているため、敷斎側の兵たちはちょっとやそっとの攻撃では落ちない。

 それに、敷斎側の兵とは言っても、元々はアデマス王国の者たちだ。

 兵たちからしたら同じ国の人間を相手にしているという思いから、撃ち落とすことが心苦しい。

 だからと言って、防壁を乗り越えられてはこの場を守り切れない。

 苦々し気な表情をしつつも、兵たちは攻撃の手を止めるわけにはいかなかった。


「グウッ!」


 敷斎側の兵たちも、城壁の上にいる兵たちと同じ思いをしている。

 防壁を乗り越えようとする彼らも、同じ国の人間を攻めるようなことはしたくないのだ。

 しかし、彼らは奴隷化されている。

 そのため、命令に背くわけにはいかず、逃げることもできないのだから仕方がない。

 弓や石、それに魔法を上から撃たれても、砦攻略のために必死に防壁を乗り越えようとした。


「おい! まだなのか!?」


「あと少しの我慢です!」


 最高司令であるアデマス王国の元公爵ラトバラは、同じく元伯爵のリンドンに向かって問いかける。

 立てこもっり、敵が抑えられなくなればその砦を放棄して次の砦に立てこもる。

 そうして時間を稼いできたが、この砦もそろそろ危ないかもしれない。

 弱気になるラトバラに対し、リンドンは奮起させる言葉をかける。


「我慢です! 敵は必ず下がります!」


 幾つもの砦を利用して耐え忍んでいるのは、時間を稼ぐためだ。

 そして、時間を稼ぐ理由は、強化薬を使用している敵兵が薬の副作用によって潰れるのを待っているからだ。

 敵兵に副作用の症状が出れば、きっと敵は攻めの手を止めることになる。

 自分たちが勝つためには、その機がくるのを待つしかない。


「兵たちの限界も近い。それまでこちらがもつのか?」


「ですが、勝つためです」


 敵が下がれば、強化兵に異変が起きた合図。

 それをじっと待つしかないのは、ラトバラも分かっている。    

しかし、これ以上時間稼ぎをするにしても、こちらの戦力にも限界がある。

 砦に立てこもって時間を稼ぐにしても、全ての兵が無事だったわけではない。

 応戦して、命を落としたり重傷を負ったりする者もいた。

 それもいつまでも出来る訳ではない。

 好機が来る前に、こちらが潰れてしまう可能性も出てきた。


「砦ごと破壊してから、もうすぐ1ヶ月経ちます。近いうちに兵が引くのを信じて耐えるしかありません」


 2度・3度とやろうにも、警戒されては通用しないため、砦ごと爆発させて大量に強化兵を仕留めた攻撃は1度しかおこなっていない。

 というよりも、その1度で大量に強化兵を減らすことが目的だった。

 敵兵が使用している薬は、肉体をかなり強化することができるため、アデマス側は苦戦を強いられている。

 しかし、効能が効能なだけに、使用した人間の肉体は1ヶ月程度の月日しか耐えることができないと、兵によって報告されている。

 それをうまく利用すればこちら側にとって最大の機会を作り出すことができる。

 砦ごと爆発したことによって、敵はその穴埋めに兵を補充した。

 その兵たちにすぐ薬を使用したと考えると、副作用が出るのはもうすぐのはず。

 守るこちらも苦しい状況だが、信じて耐えるしかない。


「……っ?」


「……何だ?」


 何度も防壁を登ってくる敵兵の攻めを、苦しみつつも耐えていたアデマス軍。

 そんな戦場に異変が生じる。

 敷斎側の兵の動きが鈍くなってきた。

 そして、まだ日が暮れていないというのに、敵兵が撤退を開始したのだ。


「ラトバラ様!! 好機です!!」


 これこそが、自分たちが待ちわびていた好機。

 そのことをすぐに察したリンドンは、指揮官であるラトバラにそのことを知らせる。


「あぁ!! 皆の者、敵を追撃せよ!!」


「「「「「おぉーーー!!」」」」」


 リンドンに言われるまでもなく、ラトバラもすぐに好機と理解する。

 そして、撤退を開始する強化兵を追撃し、殲滅することを兵たちに指示した。

 これまで耐え忍んでいた兵たちは、ようやく自分たちが攻める番だと、ラトバラの指示に歓喜にも近い声と共に砦から撃って出た。


「……俺たちも行くぞ」


「はい!」


 砦から飛び出したアデマス側の兵たちは、撤退する敷斎側の強化兵に追いつき仕留めていく。

 薬の副作用により、体中に強烈な痛みが走る。

 その苦痛に顔を歪め、強化兵たちは抵抗することも出来ずに数を減らしていった。

 この機を待っていたのはアデマス軍だけではない。

 敵兵の始末に動くために、限とレラは追撃する兵の中に紛れ込んだ。


「うがっ!!」「グエッ!!」「ギャッ!!」


 強化兵たちは叫喚する。

 薬の副作用によるものなのか、それとも刀で斬られたことによる痛みからなのか。

 どちらにしても、限による攻撃で、バタバタと敵の数は減っていった。


「止まれっ!?」


 ほとんどの強化兵が仕留められたところで、追撃兵たちは敷斎側の砦付近まで攻め込んでいた。

 そして、アデマス側は兵を増やし、敷斎側の砦を取り囲んだ。

 完全に攻守交代といったところだ。

 しかし、砦を取り囲んだところで、リンドンは兵を止める。


「砦にいるのは恐らく敷島の者だろう。奴らの方が数が少ないからと言って、絶対に油断するなよ!」


「「「「「ハッ!!」」」」」


 強化兵をほぼ失い、砦内にいるのは兵を指揮していた敷島の者たちのみだろう。

 アデマス王国の人間なら、彼らの強さは嫌というほど分かっているはずだ。

 敷島の者を倒すには、1人1人を孤立させ、大人数で攻めかかるしかない。

 1対多なんてみっともないなんて言っていられない。

 それが敷島を相手にする時のセオリーだ。

 兵たちもそれが分かっているためか、より一層表情を引き締めた。






◆◆◆◆◆


「っ!! 来るぞ!!」


 砦を囲んで数日経つ。

 アデマス軍にとっては、このまま戦うことなく砦内の敷島の者たちが餓死してくれるのが望ましい。

 しかし、そんな期待が叶う訳もなく、敷島兵たちが防壁の上に姿を現した。

 敷島の人間が籠城戦を選択する訳もない。

 このまま撃って出てくると、迎え撃つアデマス側の兵たちは臨戦態勢に入った。


「三島家・山科家・南川家って所か……」


 防壁の上に現れた敷島兵たちの顔を見て、限は独り言を小さく呟く。

 見覚えのある顔から判断し、彼らが敷島の中でもどの一族なのかを推察した。


「親父に付いたことを後悔しろ……」


 アデマス軍と戦うということは、彼らは自分の父である重蔵に付いたということだろう。

 そんな奴らを、このままのさばらせておくわけにはいかない。

 限は彼らとの戦闘を控え、獰猛な笑みを密かに浮かべていた。


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