第111話 バケモノ

「ぐふっ!」


 大漁の血飛沫が舞い、血を吐く光蔵。

 それにより、地面には血だまりができる。


「…………」


 敷島や五十嵐家にとって、もはや敵でしかない限を殺すことは何とも思わない。

 しかし、その限を殺すためには、もうこの手に出るしかなかった。

 父と共に刺し貫く。

 戦う前に父から受けていた指示だ。

 戦って分かったが、限を倒すには父の指示に従うのが正解だろう。

 だからといって完全に受け入れられるほど、奏太は冷酷にはなれなかっため、貫く瞬間目を伏せた。

 手に刺した感触が伝わってくる。

 何とも後味の悪い勝利に、奏太は無言で歯を食いしばるしかなかった。


「父親を刺し殺すなんてひどい奴だな……」


「っっっ!?」


 俯いている奏太に、限の呟きが耳に入る。

 その声は、まるで人ごとのような物言いだ。

 父と共に刺し貫いたはずなのにどういうことかと、奏太はすぐに顔を上げた。


「…………そ、そんな……」


 自分の右腕の先。

 それを見て、奏太は目を見開き、驚愕の表情へと顔が歪んでいった。


「残念だったな?」


「……な、何なんだ!? その体……」


 刺し貫く寸前に目を閉じたため、どうやったのか分からないが、限の体には穴が開いていた。

 ちょうど、奏太の剣を避けるがごとく。


「フッ! 危ない、危ない……」


 動けなくなった光蔵に肘打ちをして飛ばし、限は奏多から距離を取る。

 距離を取った限は、奏太をおちょくるように額の汗を拭うようなポーズをとった。

 その時には、もう体に空いていた穴はなくなっていた。


「答えろ!! 何なんだその体!!」


 限はこの戦いで、本当はこのことを見せるつもりはなかった。

 光蔵と共に刺し貫かれても、すぐに死ななければ何とかなると思っていたため、奏太の攻撃を受けようとも死なない自信があった。

 しかし、奏太の行動次第では殺されてしまう可能いせいもあったため、念のためこの力を使って見せたのだ。

 どういう原理で体に穴が開けられるのか分からず、奏太は混乱気味に声を上げる。


「教えるかバーカ!」


 問いかけられたからといって答えるつもりはない。

 奏太の質問に対し、限は冷たく答えることを拒否した。


「それより、どうだ? 自分の手で親父を殺した感想は?」


「……くっ!!」


 息を引き取る間際の父を抱き上げ、限を睨みつける奏太。

 そんな奏太を見下ろすように、限は感想を求めた。

 答えるつもりがない限の態度に、奏太は歯を食いしばった。


「バ……バケ…モノ…め……」


「父さん!! 父さん!!」


 五十嵐家当主の自分が命を投げ出し、それでも何の怪我も負わせるできなかった。

 そんな限を見て恨みがましく一言呟くと、光蔵は静かに息を引き取った。

 動かなくなった父を揺らし、奏太は涙を流しながら大きな声で話しかける。


「このバケモノ野郎!! 殺してやる!!」


 どんなに声をかけても光蔵からの反応がない。

 息を引き取ったのだと理解した奏太は、光蔵をその場にそっと寝かせ、限へと刀を向けて構えた。


「バケモノね……」


 光蔵・奏太の親子にバケモノ呼ばわりされ、限は一瞬顔を俯かせる。


「それは俺に獲って褒め言葉だぜ!」


 そして、次に顔を上げた瞬間、満面の笑みと共に声を発した。


「お前ら!! 今より僕が五十嵐家の当主だ! こいつを殺すためにの援護をしろ!!」


「「「「「お、おうっ!!」」」」」


 死んだ父の恨みを晴らすには、この場で限を殺すしかない。

 しかし、自分1人では仕留めることなど不可能、

 そのため、奏太は残っている兵に命令を飛ばし、限へと襲い掛かっていった。

 兵たちも光蔵の死に戸惑いつつも奏太の指示に従い、限へと向かって行った。


「ハハッ!! 親父がいなくなったら逃げ出すと思ったんだがな……」


「何なんだお前は!? 何で敷島に敵対する!?」


 笑顔で攻撃をあしらいつつ、限は彼方へと話しかける。

 その態度にいら立ちながら、奏太は他の兵と共に限へと攻めかかる。


「何だ? 強い者が上に立つ。それが敷島の考えだろ? 自分たちが狙われてからガタガタぬかすのか?」


 王の命とは言っても、敷島の者たちは何度も他国へ攻めかかっている。

 そのたびに多くの人間を殺してきたくせに、奏太の言っていることはまるで被害者のような言い草だ。

 まさか自分たちがやられるようになってから泣き言なんて、そんなことが通用すると思っているのだろうか。


「そう言えば、敷島にいる時お前はいつも俺を訓練不足というかのように見下していたな?」


「何!? 見下してなんか……」


「今更とぼけるなよ」


 情けないことを言う奏太を見て、限は昔のことを思いだす。

 敷島にいる時、限はいつもいじめられていた。

 そんな限を、奏太は気が向いた時に救ってくれた。

 そのことに感謝することはもあったが、限は奏太の目が気になっていた。

 限を救っているのは、あくまでも他の連中と自分は違うのだと証明するためのもの。

 救って奏太がいつも最後に言うのは、訓練不足という言葉だった。

 魔力がない魔無しだと分かった上で、奏太はその言葉を放ってくる。

 まるで、見下すように。

 そのことを限が指摘すると、奏太は否定しようとする。

 しかし、その慌てようは、図星を突かれたような反応だ。

 そして、言い訳をしようとする奏太を限は制止する。


「俺はそんなお前が気に入らなかったんだが、今その言葉を返してやるよ」


 言葉を区切ると共に、限は奏太や他の兵から少しだけ距離を取る。


「五十嵐家が潰れるのは、訓練不足なんだよ!」


「ギャッ!!」「うっ!!」「ガハッ!!」


 笑みと共に言葉を放つと、限は地を蹴る。

 そして、接近すると共に五十嵐家の兵たちをバッサバッサと斬り殺していった。


「くそっ!! くそっ!!」


 仲間の数がすごい勢いで減っていく。

 限の強さは、時間の経過と共に強くなっているようにすら見える。

 だからといって、このままやられるわけにはいかない。

 仲間と共に必死に限を潰しにかかるが、僅かに仲間が減る速度が遅くなるだけ。

 そんな状態では、限を倒すことなど不可能。

 そのことを分かりながらも、奏太は戦い続けることしかなかった。


「ハァ、ハァ、ハァ……」


 息を切らす奏太。

 周りは血の海で、仲間の死体の山が積み上がっている。

 残っているのは自分と、限の従魔と戦う奈美子のみ。

 最後に始末するために、わざと自分1人生き残らせたことは限の動きから分かっている。

 あまりにも実力が違い過ぎる。

 屈辱と恐怖に押しつぶされ、心が折れた奏太は体が震えている。

 とてもではないが、もう戦うこともできないだろう。


「終わりだな」


 絶望の表情と化した奏太を見て、限は笑みを浮かべながらゆっくりと近付いて行った。

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