第110話 道連れ

「……何なんだ? あの亀……」


「自慢の従魔だよ」


 防御が得意なただの小亀かと思っていたら、いきなり巨大化し、女性部隊の者たちを一瞬で戦闘不能に陥れた。

 そんなニールの姿を見て、限と戦う光蔵は手を止めて問いかけて来た。

 巨大化して倒せるなら最初からした方が良いと思うだろうが、でかければそれだけ的になる。

 数がかなり減ったからこそ、ニールは巨大化を選択した。

 奈美子のパワーアップによって大怪我を負ってしまった時は、自分が回復に向かった方が良いかと思ったが、怪我をしてでも助けに向かったレラのお陰でどうにかなったようだ。

 アルバのことも心配だが、レラやニールが加わればなんとかなるだろう。

 それよりも、限は目の前の光蔵や奏太たちや、周りを囲む兵たちに意識を向けることにした。


「魔無しのくせに、よくもこれだけうちの者たちを殺してくれたな……」


 動き回ることで、至る所に五十嵐家の兵たちの死体が転がっている。

 そのことに改めて怒りを覚えた光蔵が、限に刀を向けて睨みつけた。


「何言ってんだ。お前らがおびき寄せんたんだろ」


 限たちは、ここが自分たちをおびき寄せるための罠だと分かって来ている。

 その罠に嵌めておいて、返り討ちにあったからといって文句を言われる筋合いはない。


「しかし、菱山家を潰したのがお前だと分かり、良かった面もある」


「へぇ~、どんな?」


「お前のせいで、斎藤家は次期頭領の座から降されるはずだ」


「ふ~ん……」


 菱山家を潰したのが自分で良かったなんて、何かあるのだろうか。

 僅かに笑みを浮かべる光蔵に問いかけると、すぐに答えが返ってきた。


「それで?」


「……何?」


 光蔵の答えを聞いても、限はいまいちピンとこない。

 そのため、他に何かあるのではないかと思って首を傾げる。

 しかし、光蔵はこう言えば自分が何か戸惑うとでも思っていたのか、何とも思っていない様子の自分を訝しんでいる様子だ。


「斎藤家がどうなろうと関係ない。むしろ、それは嬉しいことだ。俺は斎藤家の血を引き、敷島の戦術を使用するが、敷島との敵でしかないんだぞ。それに……」


 敷島の人間からしたら、それだけ頭領の座は高尚なものなのかもしれない。

 まさか、光蔵は自分がまだ斎藤家に未練でもあるとでも思っていたのだろうか。

 だとしたら、完全な的外れだ。

 斎藤家のことなんて全く興味のないため、限は鼻で笑うように話を続けた。


「お前ら五十嵐家もここで全滅するんだ。頭領争いなんて関係ないだろ?」


「調子に乗るなよ!!」


「斎藤家の出来損ないが!!」


 これまで何があったのか分からないが、所詮は元魔無し。

 そんな存在に嘲られるような態度を取られ、我慢できなくなった奏太と光蔵は、限に襲い掛かっていった。


「ハッ! その出来損ないに負けるお前らはどれだけ優秀なんだ?」


 これまでは、多くの人間が代わる代わる限へと襲い掛かって来ていたが、光蔵と奏太が参戦してからは、周囲を囲むだけで2人しか攻めて来ていない。

 2人の攻撃は、これまで戦ってきた五十嵐家の兵とは1段も2段も鋭い。

 他の人間が入り込もうとすれば、むしろ邪魔になってしまうから、逃がさないようにしているだけなのかもしれない。

 そんな2人を相手に、限は両手に持つ刀で対応しながら、出来損ない呼ばわりされても特に腹を立てる訳でもなく、逆に煽る言葉を投げかける。


「何を言っている!?」


「そうだ! 防戦一方じゃないか!?」


 光蔵と奏太は、限が煽ってくるのは体力回復を図るための時間稼ぎだと判断した。

 何故なら、2人と戦い始めた限は、ずっと防御に徹しているからだ。


「バカが。実力差も分からないのか? 遊んでやってるだけだ!」


「っ!?」「何を……!?」


 攻撃の手を少しずつ強める光蔵と奏太だが、限は笑みが消えることなく防ぎきる。

 その様子に、ジワジワと嫌な予想が膨れ上がってくる。

 奈美子と同様に膨れ上がった魔力により、限は体力を温存しながら自分たちと戦っているのではないかと。

 言葉の通り、それだけ実力差があるのではないかと。


「五十嵐光蔵。菱山家の源斎よりかはやるな……」


「何っ!?」


 菱山家の源斎と戦った以上に、光蔵は鋭い剣撃を放ってくる。

 2人を相手にしながら、限はそのことを褒めるように光蔵へ話しかける。


「まぁ、たいした差はないが、なっ!」


「ガッ!!」


 限がこれまでとは違い、刀で受ける角度を僅かにずらす。

 それによって、攻撃した光蔵の体が僅かに流れた。

 達人同士の戦闘に置いて、その僅かの隙を逃すようなことはしない。

 体が流れた光蔵の腹へ、限は素早く蹴りを入れた。


「父さん!!」


 限の蹴りが突き刺さり、光蔵が吹き飛んで行く。

 その姿に、奏太は慌てて声をかける。


「おいおい! 親父の心配なんて余裕だな?」


「うっ!!」


 限を前に、中途半端な距離で父の心配をする奏太。

 そんな隙を見せられて、限が放っておくわけがない。

 一瞬で距離を詰め、右手に持つ刀で突きを放ち、奏太の喉先にで止めた。

 止めなければ確実に死んでいた。

 そのことを理解した奏太は、顔を青くし、額から冷たい汗が流れた。


「奏太……。幼馴染のよしみだ。お前だけ逃がしてやってもいいぞ」


「……何?」


 喉元に剣先を突き付けられて動けなくなている奏太に向かって、限は打って変わった優しい表情で話す。

 見逃してくれるという提案に、奏太は戸惑いの声を上げた。


「敷島に帰って、五十嵐家は菱山家同様全滅しました。ごめんなさいって言ってこい!」


「……ふ、ふざけるなっ!!」


「っと! 良い振りだ。昔から天才天才言われていただけのことはあるな。たしかに才能だけなら敷島の中でもトップレベルじゃないか?」


 優しい表情から、ジワジワと半笑いの表情へと変え、限は奏太をバカにするように話しかける。

 その態度に、一瞬でも幼馴染としての情があるのかと考えた自分が愚かだったと奏太は悟る。

 そして、怒りからこれまでで最速の動きで刀を振り、喉元に突き付けられた剣を弾く。

 わざわざバカにするために刀を止めたのは間違いだったと思わせようと、限の余裕面に向かって全身全霊で刀を振る。

 だが、その攻撃も限には通用しない。

 ことごとく躱され、空を切るばかりだ。


「しかし、所詮はそこまでだ。地獄を見たことが無いお前の剣はキレイすぎるんだよ」


「ぐあっ!」


 2人がかりならともかく、奏太一人では今の限の相手にならない。

 当てようと少し大降りになった奏太の攻撃を躱した限は、空いた脇腹にミドルキックを食らわした。


「2人がかりだっていうのにたいしたこと……」


 蹴りを食らい吹き飛んで行く奏太。

 蹴った時の感触からいって、今の蹴りで骨の1・2本折れたことだろう。

 少し本気を出しただけで、当主格が相手にならない。

 そんな歯ごたえの無さに、限はため息を吐きたくなった。


「っ!!」


「ハハッ! やはり無能だな! 油断しすぎだ!」


 奏太に目を向けていたため、光蔵が視界から外れていた。

 そのことを悟った光蔵は、刀を置き、気配を殺して減へと抱きついた。

 いくら限が予想以上の強さへと変貌を遂げていたとしても、戦闘中に油断をするのは愚の骨頂。

 勝機を得た光蔵は、先程の蹴りで流れた口元の血も気にすることなく笑い声を上げた。


「父さん!!」


「今だ!! やれっ!! 奏太!!」


「くっ! くそーー!!」


 限と戦う前に言ったこと。

 それを実行する機会が得られた。

 父の言葉で、奏太はそのことを思いだした。

 最悪の手段を実行しなければならなくなったことに、自分の実力の無さを悔やみながら、奏太は腹の痛みに耐えて立ち上がり、限と光蔵へ向かって走り出した。


「まさか……!?」


「気付いたか? お前も道連れだ!」


「ハー!!」


 限を羽交い絞めにする光蔵。

 2人へ向かって一直線に突きを放つ構えの奏太。

 そのことから、限は光蔵たちの狙いに気付くが、もう遅い。

 奏太は限を殺すため、父を犠牲にする覚悟を持った突きを放った。


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