第60話 躊躇なし

「や、やめてくれー!!」


「ハッ!」


 1人の男が青い顔をして命乞いをする。

 手足には枷のようなものが付けられており、動けない様子だ。

 その男の前に立つレラは、杖に集めた魔力を火へと変化させ、命乞いをする男へと向けて発射させた。


「うぎゃーー!!」


 レラの放った火球を受けた男は、断末魔の声を上げながら燃え上がった。

 そして、少しすると、炭化して物言わなくなった物体が、また・・1つ出来上がった。


「限様! 終わりました! これで宜しかったですか?」


「あ、あぁ……」


 24体の炭化した物体。

 それを見て、レラは限へと問いかける。

 その嬉々とした表情に、限は若干詰まらせながら返答をした。


『何の躊躇もないか……』


 レラは元は聖女見習い。

 他の聖女見習いの策によって無実の罪を着せられ、研究所に送りこまれて死にかけた。

 その経験上、他人を憎む気持ちはある可能性はあるとは思っていたが、それはあくまでも自分を陥れた相手に対してのみだと思っていた。

 そのため、他の人間に対しては殺意など湧かないと限の中では思っていた。

 これからもずっと自分に付いてくるとなると、敷島の連中と戦う可能性がある。

 それを見越して、レラに人を殺す経験をさせておこうと思った。

 ちょうどクズな冒険者たちを捕まえたのでらせてみたのだが、こうも躊躇しないとは思いもしなかった。


『なんかよく分からない奴だな……』


 悪人とは言え、こうまであっさりと始末できるなんて、元聖女見習いという肩書が本当だったのか疑いたくなる。

 気まぐれに命を助けただけだと何度も言っているのに、いまだに崇拝じみた重い思想をしている所もあるし、限からするとレラはどういう思考回路をしているのかよく分からない。


『まぁ、いいか……』


「…………?」


 レラの思考回路がどうなっているのか分からないが、とりあえず自分の言うことに忠実だということだけは分かっている。

 もしかしたら、自分が何か指示すれば何でもしそうな感じだ。

 この冒険者たちの殺害も、ただ自分の指示に従っただけなのではないだろうか。

 そんな事を考えていると、いつの間にかレラを見つめたまま眉間に皺が寄っていた。

 限に言われた通りに自分たちを殺そうとした冒険者たちを始末したのだが、限が黙り込んで自分を見つめて難しい顔をしている。

 何か問題点があったのかと、レラは首を傾げることしかできなかった。


「ご苦労さん」


「はいっ!」


 自分が黙っていたことで、レラが不安そうな表情へと変わっていた。

 それを見た限は、すぐに考えるのをやめてレラへ労いの言葉をかけた。

 その言葉を待っていたかのように、レラは嬉しそうに返事した。


「余計な時間を食うことになったが、予定通り一旦地上に戻ろう」


「はい」


 もう少し時間がかかるかと思ったが、あっさりと終わってしまった。

 終わったのならいつまでもここにいる意味もないので、限たちは予定通り地上に戻ることにした。

 帰りはアルバの鼻で探知をして、他の冒険者がいないことを確認して転移を繰り返し、ボス部屋なんかをフッ飛ばして地上へと戻った。

 地上に戻った限は、平気な顔をしてギルド職員に24人の冒険者カードを拾ったと伝える。

 ギルド職員も、遺品を見つけた階数が階数なだけに、彼らが無理をしたのだろうと、限の言い分をあっさり受け入れた。

 常連であろうと、時として挑戦して見たくなるものだ。

 ここではそういったことが頻繁に起きているからなのだろうか。

 もしかしたら、その頻繁に起きていたことの原因は限たちが始末した連中のせいだったのかもしれない。

 結局、疑われずに済んだ限たちは下層に潜るための準備を整えるために、町の商店街へと向かい食材などの確保に向かったのだった。






「どうした?」


 翌朝、ダンジョンへと向かう準備をしていたところで、レラが不思議そうに体を動かしているのが気になった限が問いかける。


「何だか魔力が増えたような気がしまして……」


 限の問いに、レラは自分では原因が理解できていないような様子で返答してきた。

 魔物を倒せば成長すると言われていると言っても、昨日の戦闘で成長したにしてはおかしい気がする。

 そのため、レラは何度か首を傾げていた。


「あぁ、それは魔物だけでなく人間も殺したからだろう」


「えっ?」


 レラは不思議そうだったが、限はなんとなく心当たりがあった。

 その答えを告げると、レラはどういう意味なのかと問いたげに限を見つめた。


「人間は生物を倒すと成長すると言われているが、あれは少し省略されている部分がある。それが、人間を殺しても成長するということだ」


 究極のところ、人間は自分以外の生物を殺せば成長する。

 しかし、それを言うと、人間が人間を殺すことを助長することになるかもしれない。

 そのため、その部分は隠すかのように、人間は他の・・生物を倒すと視聴すると言い伝えられているのだ。


「一部の人間はそのことを知っていて、だからこそ敷島の連中は暗殺で力をつけてきた一族なのさ」


「そうでしたか……」


 敷島の中では、当たり前のように言われていることだ。

 アデマス王国王家の懐刀と言われている敷島の一族だが、それは実力だけでなく王家にとって都合の悪い人間の暗殺に力を貸しているからだ。

 暗殺家業によって力をつけ、それによって王家にとって必要な存在へとなり上がったのだ。


「ある意味、人間は魔物を倒すよりも簡単だからな」


 強い魔物を倒せばより顕著に成長すると言われているが、それに近いくらいの成長を得られるのが人間殺しだ。

 人間なら隙を見て毒を盛れば殺せてしまう。

 それだけで成長できるのなら、そちらの方が楽。

 しかし、どこの国でも人を殺せば捕まって、奴隷もしくは処刑といったところだ。

 そこで、敷島の連中が目を付けたのが暗殺業だったのだろう。


「親の力は子に遺伝することが多い。強い子が更に暗殺で力を手に入れる。そうやって積み重ねて今の敷島の強さがあるんだ。まぁ、俺は完全なハズレだったがな」


「限様はハズレだとは思いません! 長くて2ヶ月、早ければ入った翌日には死ぬあの研究所の人体実験に何年も耐えたではありませんか! 強力な忍耐力がなければできないことです!」


 敷島の強さは、暗殺と代々の積み重ね。

 しかし、遺伝も確実に受け継がれるというものではない。

 極々稀に、自分のように完全に何も受け継げなかった者もいる。

 限は話しているうちに思わず自嘲した。

 しかし、そんな限の自嘲に対し、レラは強い口調で否定する。

 自分は人体実験に耐えきれず、すぐに肉体が崩壊した。

 それに引きかえ、限は何年も度重なる人体実験に耐えたという話だ。

 体は耐えられたとしても、心までも耐えられるような人体実験ではない。

 何年も耐えただけでも評価されるべきことだ。


「……ありがとな」


「……いいえ」


 肉体と精神の耐久力だけとはいえ、自分は特別な存在だった。

 そう言われたことで、なんとなく心が軽くなった気がしたため、限はレラへ感謝を述べた。

 感情的に話してしまったことと、限に感謝されたことに照れながら、レラは返事をした。


「行くか?」


「はい」


 一呼吸間を空けて限は問いかけ、レラは返事をする。

 そうして、話をして時間が少し経ってしまったが、限たちは予定通りダンジョンへと向かうことにしたのだった。


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