第二十二話『きっと、あなたを殺してみせる』(後編・その3)


「あッ、野郎俺の車パクりやがって! おい、追え!」

「タケの車が出口ンとこいますぁ!」


 寒空の下、ヤクザたちの叫び声がコンクリ打ちっぱなしの作業場の中に響く。

 廃材を載せたトラックの一台が、正面横付けにしてヤマサキの車の進路を塞いだ。

 衝突を避け、斜めに滑り込ませるよう、ヤマサキは併走する形にハンドルを切る。

 だが、横付けになるその瞬間、左手をギプスで固めたガラの悪い男が、荷台からヤマサキの乗る車に飛び降りた。


「何やってんだタケの野郎……」

「あぶねえな、オイ!」


 奇声の絶叫とともに、カエルのようにボンネットにへばりつき、男はフロントガラスをそのままギプスで叩き割る。

 逝った目をしたガラの悪い男の石膏塊のパンチが、ヤマサキの顔面にヒットし、鼻血が吹き出る。


「タケのバカ、まーだシャブやってんのか。無茶しやがって……ありゃ、死んだな」

「撃ちゃぁ早ェのに何やってんだオイ!」

「いや、チャカぁ持ってんだよアイツ」


 遠目の野次馬ヤクザたちの声など届くわけもないまま、ヤマサキはハンドルを左右させ、減速もせずアクセルをベタ踏みする。


 猛スピードで蛇行する車のフロントにへばりついた男は、左手のギプスの中に握った銃を、そのままヒビ割れで白濁したフロントに何発かぶちこんだ。


 銃声の連続音と共に、白くなったガラスに赤い物が飛び散る。


 蛇行した車はそのまま横転し、飛び乗ったヤクザの頭をセメントの地面にこすり付けながら滑り転んで行く。


 スリップ跡と血の軌跡を、デカい筆で殴り描いたようにジグザクに残し、横倒しのままの車はガードレールをぶちぬき、崖下の竹林に落下した。


 一拍おいてボン! と爆音、そして黒い煙と炎が上がった。


「ありゃ殺し屋の仲間か?」

「やったか? 見てこい!」

「ほれみろタケのバカ、やっぱ死にやがった……」

「いや、まだ死んだと決まったワケじゃ……」

「死んでんだろ、どーみてもよ?」

「つぅか……おい、さっきの爆発は!?」


 背後のプレハブから上る煙を呆然と見るヤクザ。

 目の前の竹やぶから上る煙を呆然と見るヤクザ。


「田川とユキオさんも死んだんじゃねぇか? マジで。あとヤスも」

「九人いて五人もかよ……殺れたのは二人だけで……」


 まさに一瞬、ほんのわずかな間だった。

 今、目の前で起きた事が、そこのヤクザたちにもまだ信じられないでいた。


「おい、来てくれ。ひでぇぞコリャ」


 プレハブ一階側のガレージから声がした。


「どした? キムさん」

「子供……」


 スキンヘッドで小太りの男は、地面を指さす。


「……ひでぇな、オイ」


 喪服のような黒服をきた少女が、そこに倒れていた。

 セメントの床には血だまりができている。


「こんな子供撃つか? まじで」

「……極道じゃやらねぇよな、こんな真似ぁ。あぁあ……」

「おっかねえな殺し屋ってのは」


 自分たちが今やった事をそっちのけで、ヤクザたちも顔をしかめる。


 反社だろうが何だろうが、目の前で死に掛けた子供が、しかもあきらかに銃痕のある子供が倒れているのを観て、平気な顔の出来る大人はさすがに少ない。


「あの。どうしますか?」

「どうするって?」

「このコ……病院、連れてかないと」

「バカか? オレらの状況わかってんのか?」

「でも、つれてかないと死んじゃいますよホント」

「だからなぁキム……」

「いや、いいって。連れてけやキムさん。まぁ表の病院じゃ入れられねぇけどな」

「や、ホント恩に着ますわ」


 スミを抱え上げ、ハゲたヤクザの男はそのまま車に連れ込む。


「いいんか? オイ」

「木村さん、女房も娘も死んだろ。昨年の抗争で」

「あぁ……そうだな。でもなぁ」

「……まー、しょうがねぇか」

「極道でもやってんだよな、そういやよ」


 サングラスをかけたヤクザの一人は、タバコに火をつける。


「まぁーしょうがねぇやな」


 アイパーのもう一人のヤクザの男も、火をつける。


「しかしどこの子だ? 倉庫みてーなのは結構あるけど、この辺って、ガキが一人で歩いて来れるよーなトコに民家あんのか?」

「しらね。まぁキムにまかせとこうや。それよりどうするよオイ、これ……」

「オヤジに何ていやぁ良いんだ? マジで」

「あぁ、そうだなぁ」

「まじぃなぁ」

「はぁ……」


 二人のヤクザは煙を同時に吐き、黒煙ののぼるプレハブと竹林を見つめていた。




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