第二十一話『トラブルレター』(後編・その3)

 学校からの帰り道だけに、生徒の数もまばらに幾人か目に入る。

 ほとんどは校門前からのバスで駅に向かうけど、徒歩で駅まで向かう生徒も少なくは無い。

 駅までは徒歩で、二十分とかからない距離。私の家は学校と駅の間くらいだけど、先日は登校前に急な用事で福子さんに駅に向かってもらった。


 うちのお寺で、施餓鬼の法要を行うために近隣の住職さんとの打ち合わせが入って、駅から家まで案内する役を、登校前に私たちが引き受けていたのに(うちは家族みんな朝が早いから、登校前に三~四時間は家の用事を手伝っている)、ちょっとしたトラブルから私たちは別行動を取ることになった。


 その時、福子さんを駅で小一時間待たせてしまって、それが原因で熱が出たようだから、本当に申し訳なく思う。


「施餓鬼って……」


 巴ちゃんが目を丸くしているのが面白い。


「気が早い話よね、普通はお盆だもの。ただ、総大本山からの要請で、近畿の方で何かあったのか、季節外れに大掛かりにやるみたいで。うちは古いお寺だから、年代ものの曼荼羅とかお大師さま由来の物もいっぱいあるの。それを幾つも広げて護摩を炊いて……」


「ぜ、ぜひ見てみたいです……」


 変わった子だ。

 密教寺院が家業なのに、近いという理由だけでカトリックの学校に通っている私たちもそうとう変わってるけど。


「あのね、巴ちゃん……春からのうちの部だけど……」


 話を誤魔化すように切り替える。


「新年度になったからって、そう急激に変わるようなこともないんじゃないかなぁ、って思いますけど」

「そうかしら。だって、ちさとさんも高等部に行っちゃうし――」

「ちさとさんは高等部に行ってもゼッタイ何もかわりませんよ! 部室に腰をすえて、今までと同じく私たちにきっと命令しますよ。高等部部員では一番下っ端になるはずだけど」

「知弥子さんとどう折り合いをつけるか見ものね」


 クスっと笑う。


「中等部は……そうなると、やっぱりカレンさんが部長に?」


 逆に私が質問される。


「それなのよ。カレンは『自分は考える担当じゃないから。兵隊となって手足となるのが性にあってる』って。私たちもまったく同じ考えなのよね、そこは」


 福子さんと一緒じゃないと、私は特技も発揮できないけど。


「宝堂姉妹でじゃあどっちか、ってなると……迷いますよね」

「ダブル部長ってわけにもいかないものね。でも……」


 いっちゃおうか。黙っておくか。少し迷う。

 既に、カレンと私たちの中で答えは出ている。

 年少者であれ、一番の「適任」が誰なのかを。

 でも、それをいうときっと巴ちゃんはイヤがると思う。上級生命令で無理矢理に「部長」の座を押し付けるのも、きっと良くはないけど。

 でも、私たちもカレンももう、それしか考えられない。

 新入生で、まだ部に入って半年も経ってないけど、きっと誰も反対しないと思う。

 高等部の香織さんや知弥子さんすらも。

 唯一、反対しそうなのが「本人」という点が、ちょっと悩みどころ。


 と、巴ちゃんのケータイが鳴りひびいた。


「あ、はい咲山です。カレンさん?」


 えっ?


「はい、結果は……三人分? ええっとまず私? いえそれはわかってますし! それと……え~と、二年竹組の吉島さん? あと一名はゼンゼン知らない人? 大子さんのは――ああ手袋かぁ。はい、わかりましたー」


 ちょっ、ちょっちょ、ちょっとぉ~??


「う~ん、考え方としては吉島さんが仲介者かな?」


 してやられた!

 さっき目を離した隙に、カレンに照合を頼んでいただなんて!


「あ、スミマセン、本当にごめんなさい!」


 驚く私の前で、巴ちゃんは頭をさげて謝る。


「……悪びれてもいないでしょ!」

「てっとり早いと思ったんです。頭で考えるだけの答えで納得するのは良くないって、知弥子さんからも何度もいわれて、それもそうだなって」


 ……知弥子さんといいカレンさんといい、ついでに巴ちゃんまで……。

 頭を抱えながら、そして、確かにそれはそうなんだけど……と考え込む。

 目的のために手段を選ばない点では、巴ちゃんも充分「ムチャクチャな性格の子」なのを、私は改めて実感した。ただ可愛いだけの女の子じゃないことも充分承知していたけど。


「確信犯的行動、というか故意犯的行動ね。それを『悪い』と思ってても『仕方ない』という条件づけで肯定しちゃう……あとで謝ればいいや、と思って、よくないと知りながらそれをやるのって、やっぱり……」


 少し考え込む。

 私の行動は、どうなんだろう。

 巴ちゃんを責められはしない。


「……本当にすみません。一つ考えたのが、大子さんが指紋照合をイヤがったのは、イヤがるなりの理由があったのかも? と。でも、お話を聞いてるうちに、純粋に正義感、倫理観からの物なのは理解しました。大子さんは、誤魔化しのためにウソまでいうような人じゃないですから」

「……かいかぶりよ。私はそんな、天使みたいな子じゃないわ」


 ついたった今、読めているはずの文に「もしかして暗号かしら」なんて、嘘をついて巴ちゃんに解読を振ろうとした私に、それをいわれても……。


「ですね。怒った大子さんは初めて見ました。怒った……といっても、その……ええっとゴメンなさい」

「な、何が?」

「怒っても可愛い人なんだなぁ、って今すごく羨ましかった」


 ……何いってるのよ、この子ったら!

 確かに、私は怒りなれてないかも。そういった感情表現は苦手。


「吉島さん……う~ん、接点ない人だなぁ」


 顔と名前くらいは知っているけど、同じクラスになったことはない人だ。


「接点は無くても宝堂姉妹なら校内でも有名人ですよ。下足場でどちらかの靴箱を探し出すのは容易です」

「な、なんで下足場で……?」

「となると、もう答えは簡単ですね。そのメモは……」


 もうゼンゼン気にしてない風に(やっぱり「悪いこと」だとはカケラも思ってないみたい……)巴ちゃんは手紙を取り出す。

 アルミパウダー試薬をふって指紋検出をした痕跡は、パッと目にはもうわからない。


「簡単なの?」

「簡単です」


「あー、大子姉様。どうしてここに?」


 聞きなれた声が響いた。

 私と同じ声。


「そ、それはこっちが聞きたいわよ!」


 慌てて振り返る。今日は学校を休んだ福子さんが、厚着にマスクのいでたちで、そこに立っていた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る