第二十一話『トラブルレター』(後編・その2)
「そうなんですか。……安心しました。テレパシーか何かだったらもう、お手上げだなって思ってたんです」
妙なところでホッとされた。
巴ちゃんは本当におかしな子だ。
実際、そういったテレパシーのような物もないわけじゃない。感情とか、気分とか。言葉にならない言葉や感覚は、近くにいれば感じることはできる。
「う~ん、そうなるとこの文字は……」
「それが、福子さんの字なのかどうか確信が得られないのよ」
「え?」
少し文字(?)が乱れすぎている。
誰が見てもわけのわからない文字なのだから、それは私にしかわからないことだけど。
「これは、暗号というより速記体に近いですね」
「うん。意味、音、そのどちらかでできてるから、ニュアンスは……他人には伝え難い、かな?」
「それでも単語の幾つかと数字だけでも事前に通せば、大抵は使えますね。これそのもので会話するわけじゃないのなら」
「そうかも」
「つまり、大子さんの
「……うん」
……やっぱり。この子はさすがだと思う。
「その暗号は、この世でただ二人、大子さんと福子さんにしかわからない。なら、自分ではない誰かが書いたのなら、それは自動的に『福子さんが書いた物』になり、『自分に宛てた物』になる、そう考えたわけですね」
「……うん」
「どんな理由があるにせよ、大子さんは他人の……いえ、自分同然ですけど、でも、妹……じゃないや姉、いや妹だったかな、その、福子さんへの手紙を、勝手に開封して盗み見るような人じゃないと思います」
ずいぶんと私は巴ちゃんに信用されてしまったらしい。
私は、そこまで誠実な人間じゃないけど……でも、今いったことはあながち間違いでもない。
「うん……拾おうとした時、この文字が見えてしまったのね」
「つまり、自分宛だ、と?」
「そう思ったけど、手紙の本文とあわせて読むと……これ、私宛とは思えないじゃない?」
「確かに」
ちょっと考えるような仕草をして、巴ちゃんは再び私に視線を向けた。
「二人にしかわからない文字で書かれた語で、しかも自分に身に覚えが無い相手。この文字じたい福子さんが書いたものかどうか自信がない。つまり、そんな物まで教えあえるような『第三者』が、それも、大子さんの知らない第三者が、はたして存在するのか、ですね。大子さんの不安点は」
やっぱりこの子は凄い。いとも簡単に、私の心を見透かされた。
テレパシーというなら、よっぽど巴ちゃんの方が凄いだろう。
この子は、人の心を見抜ける。
見えない物も
「そうね。……もしかするとこれは、自分たち以外にも解読可能な物だったのかもしれないから、巴ちゃんに相談したかったの」
そう考えれば、誰かが何かの機会に私たちの文字(?)を読み取って、それで連絡してきた可能性も考えられなくもない。
ちょっとしたメモなんかを私や福子さんは時々これで書いて、校内で渡したり、読み終えたらそのまま捨てたことも幾度かあるのだし。
「こんなの、誰もわかりませんよ」
巴ちゃんはアッサリといい放った。
「校内で何度かメモを拾ったとしても、解読なんてできないと思う。……いや、できそうな人ならいますけど。カレンさんとか、岸さん……あ、これは私の同級生なんですけどね。でも、もし拾ったとしても、そんなもの気にも留めずに捨てているでしょう。何故なら、えーっと……」
何か頭の中で整理するように、巴ちゃんは声のトーンを変える。
「暗号文とは『それが暗号である』という事実が証明されることこそが、復元における最大の焦点なんです」
「え……と、解読は必要ない、って話?」
「何故なら、『それが暗号であること』がわかっている状態とは、単純に錠前と鍵のような物ですが、『暗号文』とは原理的に鍵がどこにあるのか分からせなくした物なんです。箱根細工の組木の小箱のような物かな?」
ちょっと話がややこしい。
「なら、開け方がわからないなら箱ごと叩き壊せば良い話で、暗号そのものを解読する必要なんてないんです。その外堀を埋めてゆけば、暗号そのものがどういった経緯で誰が、誰に、何の目的で宛てたかわかるから」
「じゃあ、それが暗号だと思わなければ……どうなの?」
「誰も無理にそんな箱を開けようとは思わないでしょう。それを目的とした『偽装』こそが暗号文なんです」
巴ちゃんのいっていること――「暗号」と「暗号文」の違いのことは、何となくわかる。
「その観点からいうと、宝堂姉妹の『これ』は、暗号であって暗号でないような物かな。いわゆる
わかったような、わからないような……。
「……じゃあ、そんな、私たちしか知らないような物を教えあえるような間柄の相手って?」
つまり、私か福子さんに「聞く」ことができる人ってコト……?
「いないでもないとは思いますが、そうすると案外簡単な答えかも」
「……ええっと?」
「確認するしかないんじゃないでしょうか?」
ぎくりとした。
「福子さんが寝込んでて起きられないのなら、代わりにそのことを相手に伝えるのは、決して悪いことじゃないと思います」
「む、無理いわないで……!」
「どうしてです?」
もちろん、こんなラブレターっぽい(ぽい?)物を、なりゆき上とはいえ勝手に読んでしまったことに、罪悪感も感じていた。一心同体な双子でも、お互いのプライバシーにまで踏み込むのは、やっぱり良くないし。
「読んでしまったからには、責任を果たさないといけません」
見て見ぬフリは……確かにできないことだけど。
とりあえず行くだけ行ってみましょう、と巴ちゃんに手を引かれ、二人で駅前に向かうことにした。
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