第二十一話『トラブルレター』(前編・その4)


 さて、幾つか並べた疑問点のうち、焦点はやっぱり「誰が」……かな?

 校内の生徒に限定できそうな話だけど、もう少し視点を広げないと、わかる物もわからなくなる。


「出歩くコースとか、出会う人とか、そういった所もお二人は基本的にかぶってますよね?」

「ん……。最近は、そうでもないかも」


 秋くらいから、いつもべったり一緒にいるのはやめて、家以外ではなるべく別行動しようね、と二人は取り決めたらしい。


「まだ始めて半年もたってないけどね。少しは、福子さんと私とで個性の違い、出てきたかしら?」

「ん、あっ、えーと~。……で、福子さんが大子さんの知らない所で誰かと出会ってる可能性は……あるってことですよね?」

「そう思うけど……」


 部室には入らないまま、立ち話を続ける。


「となると、大子さんの知らない所で知り合った第三者と、または大子さんの知らない所で仲良くなった校内の誰かと、手紙で連絡……と考えるのが自然かな。問題は、それが何故学校の下足場なのか、です」

「そこって、重要なのかしら?」

「後者であれば、たぶん簡単に割り出せますよ?」


 そのまままた、探偵舎へと向かおうとした私の腕を大子さんは再び引っ張った。


「もー、巴ちゃん、ダメよ! やっぱりそれは良くないわ」

「……いや、私も正直そう思うんですが」


 思うけど、もうそこにデータはあるんだし。私が何をいったってカレンさんは辞めやしないんだし。

 なら、有効活用しない手は無いんじゃないかな、って。


「カレンはね、私にとっても大切なお友達だし。あの子にはあの子の考え方もあると思う。でもね、」


 ため息をつきながら、大子さんは扉を眺める。


「何かの痕跡を見つけ出すこと、その痕跡から誰かを、何かを特定することって、探偵としての『大前提』よね? そんな意味では、カレンのしてることに、探偵舎の一員として完全には否定できないけど、それでもやり方ってものがあるわ」

「確かに、個人情報の取り扱いには気をつけなきゃいけないと思いますが……」

「本人の意思や自主性を尊重してないわ。勝手に採取して勝手に閲覧して、そんな形で知らない間に自分の情報が誰かの手にあるだなんて、誰だって良い気はしないもの」

「だからこそ、カレンさんはそれをなるたけ他人に見せないようにしてると思いますよ」

「カレンはカレンなりの正しさを持ってるわ。でも、私はそれは受け入れられないの。たとえどんなに友達であろうとも。だって、機械とかデータとか、一旦『物』になってしまえば、それは何かの拍子に誰の手に渡るかわかったものじゃないでしょ? たとえカレンがどれだけ注意していようと、厳重に保管していようと」


 ……それは、確かにそうだけど。


「許可を取った上で、何か問題が起きた際に責任を負うことを了承した上でなら良いと思うの。でも、そんなことをいって個人情報をすすんで提供しようなんて人も、やっぱりいるわけないものね」

「前提として、私たちが色々間違ってるのは確かです。盗聴器だってそうですよ、本人に了承を得てやるようなことじゃないですし」


 だから、そもそも私たちの探偵活動は、それが人のみちを外れたことすらも平気で行う神経の太さと、小悪党さも必要なんだ、と思う。

 他人のプライバシーにズケズケ踏み込む嫌われ者──最初っから、部長は「探偵」の存在をそんな物だといっていたし、私もそれには同意するけど。


「つまり、巴ちゃんは探偵として、それを『必要悪』だと思うのね?」

「探偵には重要です」

「──巴ちゃん、すっかり『探偵さん』板についちゃったんだ」


 あっ。


「ゴメン、嫌味でいったんじゃないの。私が間違ってるのもわかる」

「い、いえっ。間違ってるのは私やカレンさんたちの方で、大子さんは正しいですって!」


「間違った行動を取ることを了承するのが探偵、そう思うのね。……それも、わかる。大筋で正しいと信じてなら、少々間違っていようとも行う……私も、巴ちゃんも、それを平気でできてしまうものね。『正しさ』は一つじゃないわ。そのどれかを、両立できない時もある。選ばないといけない時も」


 両立しない「正しさ」を選ぶ。一見おかしな話だけど、そこで「何を選ぶか」が、探偵としてのスタンスを決めるのだろう。

 私は──事実を知りたい。真相を知りたい。

 その為になら、多少の不正にも目をつぶると思う。罪を暴きたいとか知らしめたいとか、正しくありたい、というような思いとは違うかもしれない。

 大子さんは──誰かの心境を常に思う人だ。

 だから、手順を常に考慮する。結果が同じであろうとも、そこに関わる人たちに、せめて納得をしてもらうことを優先するんだ。


「だからね、あんなことは、やめてもらわなくちゃ。道のりは遠いかも知れないけど」

「大子さんが次期部長になれば、やめさせることはできますよ」

「それは、私には無理。私たちの特技は『手足』にこそなれ、『頭』に立てるようなものじゃないし、一人じゃ何もできないもの」


 苦笑の笑顔を私に向ける。

 確かに姉妹の「空間把握能力」や「緻精測量能力」といった、誰にも真似のできない特技は、指導者より兵隊向けとは思うけど。


 大子さんの毅然とした態度や物の考え方は、私のものとは違う。

 探偵に向いているかどうか、って話になると疑問かも知れないけど、そういったスタイルの探偵があっても良いとは思う。

 何より、私はやっぱり、こんな大子さんだからこそ、好感を持っている。

 同時に、感じていた疑問を素直に表に出すことにした。


「あの……大子さんはこの暗号、んじゃないですか?」


 一瞬、苦笑は困ったような顔になる。

 でも、答えなくてももう、それはわかる。

 大子さんは、そんなウソがつけるような人じゃないのだから。





        (後編につづく)

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