第二十一話『トラブルレター』(前編・その3)



 いつもの所──こんな、お互いが知っていないと成立しない共通項を出してる時点で、この相手は福子さんの知っている相手に限定される。

 もしそうでないなら「変な人」からの手紙になっちゃうし。

 それと……、


「これ、私に見せるのに迷うような内容じゃないと思いますけど?」

「いや、でも、だって呼び出しでしょう!? 福子さんのプライバシーに関わることじゃないの。これって……やっぱり、ラブレター……よね?」

「いや、ここ女子校ですよ!?」

「よ、よくないわよねぇ!?」


 確かにそう読み取れなくもなくもない、けど……う~ん?

 大子さんが、ものすごく照れて、狼狽しているのがわかる。いやこれ、福子さん宛なんだけど……って、まあ、同じようなものかな?

 そうでもないか。


「これ、大子さんには心当たりないんですよね?」

「ないない。ホント、私にはぜんぜんないの」

「どちらのクラスにも?」

「うん」


 二学期までしょっちゅう入れ替わっていたから、自分のクラスも福子さんのクラスもどっちも「馴染めて」いるらしい。


「私も福子さんも、クラスメイト……あ、どっちとものね。その、……特別親しいって人も、実はいないんだけど……」

「そうなんですか?」

「私、ちょっと近寄りがたいって思われてるのかもね。みんな私に対しては、敬語か、もしくは甘やかすような口調で優しく接してくれるけど……」


 いや、そりゃそうですって。しょうがないですよ、それ。


「誰の顔を思い浮かべても、こんなものを投函しそうなタイプに思えないの」

「ん~人はみかけによらないことを時々しでかしますから、そこは断言できないとしても」


 まず問題なのが、これが聖ミシェール女学園中等部の下足場にあった、ということ。

 外部の人間がそうそう入り込めるものでもない。

 となると、投函者は生徒(全員女子)か、教職員……となる。


「先生なわけないわよね」

「じゃあ生徒……う~ん。兄弟から託かって、ってセンもあるかもしれないですよね」

「そ、そんなことって……!?」


 だって、こんなに可愛らしい娘なんだしなぁ。文化祭か何かで訪れて、目にとめて……ってことはあるかもしれない。

 でも、そうなるとなんで「福子さん」に名指しなのかが逆にわからない。


「で、いつもの所ってどこなんですか」

「さー」


 ふっと手紙の裏を見ると。

 何か、走り書きがしてある。

 速記体のようなのたくった文字で、普通に解読のできない物だった。


「これは?」

「うう~ん」


 眉間にシワをよせて考え込む大子さんを前に、複雑な心境で私はその文字を眺める。


「巴ちゃん、これ……暗号……ってコトはないかしら」

「……って、また暗号ですかぁ!?」


 いけない、うっかり気分を声に出してしまった。赤面しながら口を押さえる。


「また?」

「ああ、以前ちょっと……そういえばこの前も、何かそんな話をカレンさんたちがしてましたね」


 いずれにせよ、暗号というのは「共通の認識をもった相手同士で成立する」物。

 解くための「キー」が、暗号本文に隠されていない限り、原則的に解読は不可能と考えた方が良い。


「なんだろう、これ。日本語じゃないし……記号にしても変かな」


 くるくるっと、ミミズののたくるような「何か」がひとしきり。

 3にも6にも9にも見えるけど、どれとも違う。繋がった一筆書きのような曲線だ。

 強いていうなら芸能人のサインのようだけど、横方向に二行。


「表の文字はちゃんとしたペン字なのに、これは水性ボールペンですね」


 わざわざ筆記具を変えて? う~ん。


「……やっぱり、巴ちゃんにも『暗号』に見える?」

「ん~、暗号というよりむしろ……何かペンの試し書きみたいにも見えますけど、そんなものを人様に宛てた手紙の裏にするわけないですよね」


 文具店の試し書きメモパッドには、よくこんなグルグルが書いてある。むしろ、ちゃんとした文字を書く人は少ない。そうすると……。


「いわゆる筆記体に近いものかもしれませんね、これが文字だとするのなら」


 しかし暗号で筆記体って……?

 ちょっと考え難い。

 むしろ、解読が困難なだけの「文字」が、それを読めない者にとって暗号のように見えてしまう状態かもしれないけど、想定されるケースとしては、あまりにも不可解だ。


 不可解なりに考える。

 幾つかの可能性を絞り込む。

 これまでの幾つか見て来た暗号のケースとは、決定的に違う何かを感じてはいるんだけど……。


 謎解読以上に、いくつかの疑問点もある。


『誰が差出人か?』

『福子さんとの間柄は、どのような物なのか?』

『何故、暗号なのか?』

『場所・時間が明記されてないのは何故か?』


 全ては一繋ぎに解せるはずだ、とも思う。

 頭をひねって考えている私をしみじみと大子さんは見つめる。


「巴ちゃんなら、この暗号解けるかしら?」

「無理ですね」


 アッサリそういった私を見て、大子さんはガクっと肩をうなだれた。


「解読キー内包型の暗号サイファである可能性が少ないんですよ、この本文にせよ宛名にせよ情報量が少な過ぎますし。封筒じたいに解読ヒントが隠されているとも思えないです」


 とはいえ、暗号の内容そのものより、この手紙の裏側に「暗号が存在すること」自体に何らかの情報はあるはず。そこを読み取れるなら或いは――。


「……巴ちゃん、ずいぶん楽しそうね」

「え? い、いやそんなことないです」


 ぎくりとした。ちょっとばかり不謹慎にも、私は「これ」を少し楽しんでたのを見透かされてしまった。この辺りは、さすが大子さん。


「ただ、このところ血なま臭い話ばかり続いていましたから……」


 そう、イヤになるぐらいずっと、連続して。そのせいで、私はこの探偵業にちょっと閉口していたし。

 でも、このラブレター(?)の解読は、誰が死ぬわけでもないのだから、そんな意味では結構、気が楽だった。


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